目的地に向かい、建物を曲がって広場に出る。
視界の開けたそこには先客がいた。

「若宮か」
「田崎くんこそ、相変わらず」
「プライベートでも仲良くしたいからね」

そう言って鳩舎の中の鳩を愛でるように見つめる。プライベート、とは彼の趣味の手品のことだ。カードやコインだけでは飽きたらず、最近は良くここに顔を出しては、機関員の誰よりも甲斐甲斐しく世話をしているのを知っている。

「やっぱりこの子達って他の鳩より手品に向いてたりするの?」
「さあ……どうだろうな。あくまで伝書鳩用に仕込まれてるだけだから」

ほら食え、と餌を促しながら群れる鳩のうち一羽の頭をちょんちょん、と撫でているのを見ていると思わず吹き出しそうになる。

「さて……そろそろかな」
「私もね、迎えに来たの」

二人して青い空を見上げる。遠い地で放たれた一羽の鳩が、今日帰還する予定だった。

「……ちゃんと帰ってこれるかしら」
「襲撃に遭っていなければ……おそらく」

襲撃……最近は、一見そんなことが起こる気配などないごく平凡な──所謂公共の娯楽施設や、果ては全くの一般人の家屋までもが被害に遭っているという。大戦の気配はすぐそこまで迫ってきていた。

「難しい顔になってるよ」
「……鳩がこわがる?」
「俺がこわい」

顔を見合わせてふ、と笑い合い、またすぐに二人で空を仰いだ。
暫くして。

「……来たみたいだ」

田崎くんの見上げる方角に視線を向けると、小さく揺れる影が見えた。段々と高度を下げて近付いてくるそれに目を凝らせば、その内の一部分がキラリと光った。間違いない。

「良かった……」

田崎くんが手をすっと空に差し向けると、長旅を終えた鳩は動きを少しずつ緩めながらその指に止まった。目視だが状態を確認する。目立った傷はないので道中に大きな事故はなかったようだ。

「水をあげよう」

田崎くんは鳩の足に取り付けられていた通信管を手際良く外し、鳩舎の小屋に鳩を戻した。目に見える大きな傷はなくてもずっと空を翔んできたのだ、間違いなく疲弊している。それでも立派に任務を果たし、今は忙しなく首を動かしながら水を飲む小さな命に感心せずにはいられなかった。

「随分慣れたみたいだね」
「うん?」
「鳩に」
「それはこれだけ世話すれば、ね」
「鳩も怖がられるよりは嬉しいさ」

D機関設立の際、校舎として与えられたのは軍の使用しなくなった鳩舎だった。とても手厚いとは言えないその境遇ですら逆手に取ったのはやはり結城中佐で、その時ここにいた鳩を今こうして活用しているのだ。機関員で伝書鳩として仕込むよう指導されたのだけど、始めの内は慣れなくて少し怖かった。

「これで若宮も手紙を送れるな。俺にラブレターでも書いてよ」
「そうねえ……返事をくれるなら書いてもいいけど」

軽い調子で提案してくる田崎くん。基本的には人当たりが良くて話しやすいけど、こういう掴みにくい部分がたまに顔を出す。本心がわからないから、こちらも受け流す以外の選択肢がない。

「返事か……いや……返事は書く気がしないな」
「そう。じゃあ私も書かなくてすむわ」
「いや、そうじゃなくてさ。ラブレターの返事でもなんでも、愛を伝えるなら直接が良いな、俺なら」
「ああ……そう」

あれ、何の話をしてたんだっけ。鳩じゃなかったか……

「たとえば……こうやって」

たとえば、こうやって。その言葉が私の耳に届く頃には、田崎くんはスッと私の前に回りこんでいた。そのままじりじりと鳩舎を背に追い詰めてきて、これ以上の後退りは不可能だと理解した。
そのうちに田崎くんの顔がだんだんと私の目線まで下りてきて、鼻と鼻が触れるんじゃないかというほどにその距離は近付いた。

「好きだよ」
「……」
「……」

……沈黙。田崎くんはそれ以上何も言わず、だけども目線を上げようともしない。堪らなくなり、私は田崎くんの胸ごと押し返す。

「……私で試さないで!」

それだけ何とか絞り出した。田崎くんは眉を下げて参ったな、という風に頭を掻いている。参ってるのはこっちだ。今田崎くんが演じたそれは、以前に人の心を操るテクニックとして同じような流れを見たことがある。ジゴロ演習だったか、それとも徐々に洗脳する手段だったか──混乱した今の頭でははっきりと思い出せない。

「ごめん、怒らないで」

謝っている割には随分と軽いその声色に無性にいらっとした。

「本当にやめて」

普段と変わらない態度で平然とまた近寄ってこようとするのに居たたまれなくなり、私は鳩舎を後にした。


 
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