皆が街に繰り出してからもう何時間になるだろうか……時計に目をやると日付はもうとっくに変わっていた。
今日は何だか疲れた。けどそういう時に限って何故か眠れなかったりするのは経験によってわかりきっている。……我ながら損な体質だな。
短くなった煙草を灰皿に押し付け立ち上がり、様々な銘柄が並ぶ中からどれにしようかとアルコール瓶を見比べているとそれぞれに思い入れがあることに気付く。
例えば今手にしているこのボトルは、皆と話すようになって暫く経ったある日の朝、土産だよなんて言って渡されたものだ。ひとり残って留守番しているのをわざわざ気遣ってくれたんだと感動したのを覚えている。……まあ私が栓を抜く前にいつの間にか開けられていて中身が減っていたけれど。私への土産ではなかったのか、と思ったけれども、ここはそういえばそんな場所だと思うと気楽だったし、そんな皆だからこそうまくやれているのかもしれない。
ひとり昔のことを懐かしんでいると、少し離れた辺りに何か気配を感じた。この食堂の入口付近からだ。佐久間さんや結城中佐なら声が掛かるだろうから、そうなると心当たりはひとりだった。

「……エマ?起きたの?」

少しの静寂のあと扉の陰からひょこ、と姿を覗かせたのは、やはり赤毛の少女だった。おいでおいでと手招きすると、少し恥ずかしそうにこちらに寄ってくる。

「目が覚めちゃったの?フラテは?」

しゃがんで目線を合わせて尋ねると、エマはふるふると首を横に振った。

「フラテはねてるの……」
「そう。ひとりでここまで来たの」

頷くエマに水を注いだグラスを渡すと、両手でそれを傾けながらコクコクと飲んだ。喉が渇いて起きてきたのか……しかし、グラスの水を半分程残してエマは何か物言いたげな表情をしてみせた。

「ん?」
「……おじさんは?」

エマの言うおじさんとは無論甘利くんのことだ。彼女はここにきてしばしば、おかしのおじさんだとかトランプのおじさんというふうに他の機関員のことを印象的なイメージで呼んでいた。彼女が何の形容もなくただおじさん、と呼ぶのは甘利くんだけだ。

「おじさんはね、お仕事なの。寝て起きたら、またすぐに会えるよ」

彼女の不安を取り除けるように、なるべくゆっくりと伝えた。目を逸らさずにじっと聞いていたエマは、すぐに会えるという言葉に表情を緩ませた。

「ねえエマ、私も眠れなかったの。一緒に寝てくれる?」
「……いいよ!」

抱き上げようと両手を差し出すと、小さな手が腕を掴んだ。そのまま包み込むように体を引き寄せ、寝室に向かった。
二人で同じベッドに寝転んで、エマが眠るまで少しだけ話をした。エマにどのおじさんが好きかと聞くと、おかしのおじさんとトランプのおじさんと、あとやさしいおじさん!と答えた。……二人は良いとしてもう一人は誰だろう。それについて考えていたら、いつの間にか私も眠っていた。


「……若宮、若宮」

名前を呼ばれて目が覚めた。その声は少し遠くで聞こえて、薄く開いた目で声の方向を見ると部屋の入口に甘利くんが立っていた。部屋の中にまでは足を踏み入れていないのが紳士的な甘利くんらしい。
エマはまだ眠っているので、起こさないようにベッドからそっと出た。

「お帰り。お疲れ様」
「起こしてしまってすまない……エマと一緒にいてくれたんだね」
「夜中にひとりで起きてきたの。おじさんを探してた」
「……そうか」

甘利くんは少しだけ俯いて、その表情はどこか寂しげだった。
各々の任務に就くときに他の機関員の詳細を知ることのない私たちは、その任務が無事遂行されまた顔を合わせても何があったのか探ったりはしない。甘利くんがエマを連れ帰ってきた時ですらそうだった。しかし状況から推測して導き出す答えは、きっと皆同じだった筈だ。甘利くんがここまでした理由、この幼い少女に何があったのか。

「……ねえ甘利くん」
「ん?」
「私たち結婚しない?」
「……え?」

甘利くんは一瞬本気で驚いたようだったが、すぐにその表情は柔らかくなった。

「……そりゃ君みたいな女性にプロポーズされたら断る理由なんてないさ。ただ……」

そこまで言うと甘利くんはまだすうすうと寝息を立てているエマに視線を向けた。

「彼女の為を思って言ってくれているなら……君にそこまでさせるわけにはいかないよ」
「……甘利くんは?ひとりで背負っていくの?」
「……ま、何とかなるさ」

ひとりで背負う、という言葉を否定しなかった。彼の中で、もう答えは決まっているのだ。

「……私に出来ることがあったら何でも言ってね」
「ありがとう」

優しく微笑む甘利くんの表情は清々しく、私もつられて笑顔になる。この人に包まれて生きていくエマはきっと幸せになるだろうと、たった今フラれた相手を前に奇妙だけれども、心が暖かくなっていくのを感じた。


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -