佐久間中尉という人がいる。
その人はD機関の構成員ではないが、陸軍参謀本部との連絡係、所謂お目付け役として度々ここに出入りしている。
はじめの内こそその凝り固まった思想によりD機関員からは失笑をかったり、時には結城中佐から直接のお叱りを受けたこともあった。
けど、今は──

「佐久間さん、今日はこのままここで飲みますが一緒にいかがですか?」

あるアメリカ人スパイ容疑者の事件以来、機関員達の態度が一様に変化した。中でも三好くんは特に顕著で、その一件の現場にいなかった私に当時の様子を詳しく説明してくれたのは彼だった。なんでも本気で切腹しようとしただとか、ここぞとばかりに英語を話したとか。しかし、その場を直接見ていない私としては、正直それらを嬉々として語る三好くんを見て何か恐いものを感じずにはいられなかった。

「若宮、佐久間さんにウイスキーを」

佐久間さん結局飲まれるのね。席に着きながらも三好くん程はその表情を崩していない佐久間さんだけど、彼自身ここに来た当時より随分と馴染んでいるように見える。

「どうぞ」
「ああ……すまない」
「佐久間さん、こういった場合はすまないと言うよりありがとうの方が好印象ですよ?それに笑顔も足せば尚良いですね」

ほら言ってみてください、と促す三好くんは明らかに楽しんでいる。またそれを真に受け、まだお酒に手をつけてすらいないのにもう目を回しているかのように狼狽える佐久間さんにも問題がありそうだが。

「仕方ない、じゃあ僕がやって見せますから……いいですか、こうです」

そう言うと三好くんは私の方にくるりと振り返ってじぃっと目を見つめてきた。

「若宮、ありがとう。君のおかげでいつも助かってるんですよ」

にっこり。音が聞こえてきそうなくらいに完璧な笑顔を張り付けて、あらかじめ用意されていたであろう台詞を言ってのけた。佐久間さんはというと、口をあんぐり開けて固まってしまっている。

「いかがですか?ポイントは笑顔ですよ、これがあれば今のように口では少々でまかせを言っていても大抵はその本心を隠してくれます」

はっきりでまかせと言った。おそらくその部分が引っ掛かった佐久間さんは、今度は小刻みに震えだした。

「き、貴様……」
「最低ね」
「どうぞ?何とでも」

私達の蔑むような目なんてどこ吹く風とでもいったかんじで、三好くんは煙草を取り出して火を着けふぅっと小さく煙を吐いた。どうしたらこんなにふてぶてしく振る舞えるのか些か疑問だ。

「そこに直れ!その根性がやはり気に食わん!」
「だから直すのは佐久間さんのその堅苦しい口調ですってば。もう一度はじめから説明しますか?」
「いらん!!」

立ち上がって眉を吊り上げながら怒鳴る佐久間さんは明らかに頭に血が上っている状態だというのに、三好くんはまるでこれが見たかったとでも言わんばかりに満足げだ。その表情を見れば、さっきまでの張り付いた笑顔とは違い今は心から笑っているのがわかる。歪んでるな……。
けど、三好くんのからかいにわざわざそうやって律儀に反応するから遊ばれるのですよ……なんて教えてあげる気が全くない私も、きっと同じように歪んでいるのだ。


 
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