第一印象は“綺麗な人”だった。恐ろしく整った容貌の人間ばかりが集められたこのD機関において何故、彼に対して取り立ててそう思ったのか。この先その理由がわかることはきっと、ない。


木製のテーブルと椅子が等間隔に並ぶ空間に、洗練された紳士……の皮を被った化け物達が集う光景は冷静になってみれば異様とも見える。
酒を片手に煙草を吹かして上辺だけの議論を交わす者達がいれば、ひたすら書面の文字をなぞり己のみで知識を広げる素振りを、まるで見せつけるみたいに行う者もいる。各々が好きに就寝までの時間を使うこの場は雰囲気だけを切り取れば、どこにでもある飲み屋のそれと大差はない。
そして今、ここに新たにやってきた者がひとり。彼はしかし中心の議論の輪には目もくれず静かに奥のテーブルに着くと煙草を吸い始めた。他の誰を、何を見るでもなくさもそこにいるのが当然とでも言うように足を組む様はやけに気障ったらしい。もしここが本当に街の飲み屋なら、彼に声を掛ける女のひとりでもいるのだろうか……容易く行動に移せそうな相手では決してないが。
……が。それとしては生憎、ここはただの仮想空間に過ぎないので──実際のところ、彼に話し掛けることは大した労力にはならない。


「ねえ?そこの素敵な貴方」
「……」
「ちょっと、三好くん」
「……何でしょう」
「ご一緒しても?」
「……どうぞご勝手に」

断られたらそれはそれでと考えていたけれどどうやら無事了承を得られたので、隣の椅子を引き着席して体ごと彼に向く、と、煙草の臭いが充満する空間でも彼のものと分かる男物の香水の甘さが慎ましく香った。均整の取れた白い肌にそれは良く合っていて、つくづく自分の見せ方をわかっていると感じる。それはもう、何なら恐いくらいに綺麗な横顔。

「……」
「……」
「……」
「……何か?」

先に口を開いたのは三好くんの方だった、が。彼がそうしたのは恐らく私との沈黙に耐えられないから、とかそんなことではなくてむしろ「用が無いならとっとと去れ」と、こんな心境を汲ませる意味合いの方が近いのだろう。

「うーん、うん……、いえ、特には」
「……」

ほらね、綺麗な造りの横顔が一気に歪んだ。分かりやすく追い払ったりはしなくても、分かりやすい態度と表情を突き付けてくるのがこの人だ。

「暇なんですか」
「貴方もそうなのだろうって声を掛けたのだけど、違った?」
「……君はもう少し他人の事情を汲む努力をした方が良い」

そう言って、今度は溜め息。やっぱり分かりやすい……と、言うより分かれよ、と圧力をかけてきているとした方が正しいか。……ふむ、さて。

「うーん……ああ、そうだ。そう、一つあったわ。貴方に言いたいこと、一つだけ。あのね?怒らないで聞いてほしいんだけどね、」
「……」

ともすれば彼の機嫌を損ねてしまいかねない話題……いや、“ともすれば”ではなくかなりの確率できっと三好くんは更に不機嫌になるけれど、“とりあえず”。

「私ねぇ、貴方の顔って大して好みではないのよ」
「……」

絞り出した話題、というよりとりあえず“見たまま”のことを告げてみる。
三好くんの顔、百人いればその全員が美しいと認める造りだとは思うけれど、これがそのまま好みであるかとなれば話はまた別。

「怒った?」
「別に」
「怒っても良いのよ」
「何なんだ……」
「ただね、好みではなくてもやっぱり綺麗なものは綺麗なのよ」

彼を不機嫌にしたいわけではないしその場しのぎの会話がしたいわけでもない。感じるまま、ただ“真実”を告げている。これには特に理由らしいものはないのだけれど、それでも例えば、彼の気を良くするつもりで何かを口にしたとしてもそれが出鱈目めいていればその方が余程彼は私を軽蔑する。私が誰かの御機嫌取りを好まないのと同じくらい、御機嫌伺いされるのを嫌うのがこの人の本質。そのくせナルシストなのがおかしいけれどもそれはまあ、今は良いとして。

「貴方は綺麗ね」
「それはどうも」
「喜ばないの?」
「別に」
「今更言われることでもなかった?」
「君に言われたって嬉しくもないし否定されたって腹を立てる気にもならない。今更がどうとかそういう問題ですらありません」
「そう……あ、ねえ」
「何ですか……」
「キスして良い?」
「……して欲しいなら最初から素直にそう言えよ」
「違う、違うのよ、私が貴方にするから意味があるの」
「ハァ、」
「ね、良い?」

鼻先を僅かに寄せて彼の横顔に迫る。「あまりに綺麗だったもので、つい」そうしたくなったので提案した。言い訳としては充分だと思うけれどさて、さて。

「……」
「……」

無言。無反応。ここまでしても、三好くんと来たら私のことを見もしない。堪らず、ん?と些か大袈裟に首を傾げてみても、見ない……どころか彼から出たのは深く溜めた煙草の煙と呆れ声だった。

「……するつもりないだろう」
「どうして?」
「下らないですよ……良い加減」
「あ、そう」

どうやらいよいよ本当にこの話題を終わらせなければならないらしい。“下らない”と“良い加減”を同時に持ち出されてはさすがにこれ以上は食い下がれない。が、それでもここまでぽつぽつと無機質な返答を繰り返してくれた三好くんの根本的な性格は律儀だと思う。そんな人であるから、こうしてぴしゃりと締められたらこちらはもうお手上げなのだ。会話の終止符までもこうしてはっきりと導かれるのも悪い気はしない。むしろこの内面の頑固な部分こそ、外に滲み出る美しさの揺らがない原因なのかも──毒され過ぎだろうか。

「……ん、綺麗ね」
「君の為にこの顔でいるわけじゃない」

至極当然のことを吐き捨てて三好くんは新しい煙草に火を点す。そうね、私の為なんかではなく、貴方は貴方自身の為にそうあるのよね。だからこそこんなに美しく気高いのだ。充分だ。それで充分。

「貴方は貴方のままでいてね」
「……言われなくとも」

勿論心配なんかしていない。ただ、三好くんが三好くんとしてあるならば、介入などできなくてもせめてその様を見ていたい。

「なら、良かった。側で見ていられるだけで幸せなの」

そうしていられることは私の贅沢に変わりない。

「ね?お願いね」
「……ふ、」

念を押すと、咥え煙草のままの三好くんの口元が僅かに緩んで口角が上がった。
この人の口角が上がる時、その意味は大まかに分けて二通り。一つは相手の優位に立った場合、分かりやすく小馬鹿にするようにあしらう表情で見せる。けれど、同時に目元が緩めばそれは違う意味合いで、とは言え恐らく呆れや諦めみたいな感情もそこにはあるのだろうけれど──

「わざわざ好みではないと宣言した口で言いますか」
「だって結局好みなんて、綺麗なものが好きって気持ちの前では無意味でしょう」

綺麗だからいつでも、いつまでも見ていたい。そうして純粋に願う想いとすれば好みなんて、ほら何でもないもの。
「間違っていないでしょ?」ここでもまた念を押す意味で首を傾げてみせれば三好くんは漸くこちらに目を向ける。猫目気味の瞳が流れるように動くとああ、これもだ。彼を美しく形作っている要素の一つだと見惚れてしまう。そうして上がった口角と細めた目で三好くんは「勝手だな」と笑う。
そうよ知っているでしょ?我儘な私だって、知っているでしょ。望むままにずっと見ていたいとそう思うから貴方に願うのよ。人を、私を。惹き付けて止まないその姿を見せていて──せめてその時が来るまでは。


 
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