パシャッ。

皆が集まり多数の声が行き交う昼の食堂内でも、その乾いたシャッター音は響き渡った。
反射的に食器を洗っていた手を止めて顔をあげると、そこにはレンズ越しにこちらを覗く神永くんがいた。

「今撮ったのか?」

隣でグラスを磨いていたが、やはり同じように手を止めた福本くんの問いかけに神永くんはニヤリ、と口角を上げて応えた。
最近神永くんはこうなのだ。D機関内をカメラを持って歩き回り、様々な人物にピントを合わせてはパシャパシャと忙しなくシャッターを切っている。最初は突然どうしたのか疑問だったけど、講義前に結城中佐に向かってピントを合わせているのを何も咎められなかったのを見るに、きっと今後の任務に何か関係があるんだろう。

「お、今日もハンサムに撮ってくれよ」

自分にピントが合わせられていることに気付いた甘利くんが、カメラ目線でウインクを決める。甘利くんは、いまだにレンズを向けられるとポーズをとっている様だった。彼は確かにハンサムだけれど、今日“も”?心の中で苦笑した。


「これ、せっかくだし飾りたくないですか?」

撮ることに満足したのか、神永くんは翌日、今度は現像して出来上がったたくさんの写真を食堂のテーブルに無造作に並べて、その中の一枚を実井くんが指差していた。

「ん?……ああ!これか」

納得する神永くん以外の全員がどれどれ?と覗きこむと……ああ、そういえばあったなあ、こんな場面。


神永くんが写真を撮るようになったある日、三脚を使って集合写真を撮りたいと皆食堂に集められた。
これ全員で写る必要あります?と呆れながらも列に加わる三好くんに、神永くんがお前なあ……と溜め息をついた時。

「どうした?」

食堂入り口に、突如黒い影──結城中佐が現れた。
神永くんが事情を説明すると、結城中佐はそうか、と相槌を一つ打っただけでその後は特に何も言わなかった。

「あの、結城中佐も入ってください」

せっかくだし人数は多い方が良いので!とにこやかに勧める神永くんに、他の機関員は内心驚いたはずだ。けれども、結城中佐が無言で機関員達の横に並んだことは更に衝撃的だった。

「よし、じゃあいきますよ」

遠隔用の押ボタンを手に持った神永くんがはい!と合図してから空いているスペースにちょうど収まった瞬間に、ぴったりフラッシュが白く強く光った。眩しかったけれど、何とか目は閉じないでいられたはずだ。

「分かっているとは思うがくれぐれも持ち出し厳禁だぞ」
「勿論です」

にっこりと答える神永くんにフン、と鼻を鳴らして、結城中佐は食堂を後にした。


「あの時は少し驚いたな」
「まさか入ってくるとは思わなかったよな……」
「魔王ですからね……魂を取られる心配もないんでしょう」

皆あの日のことを思い出しては、口々に好き勝手言っている。魂って……聞かれたらそれこそこちらが抜け殻にされそうだ。

「良い記念になっただろ?」

私の手にあった件の集合写真をひょいと取り上げ、神永くんは椅子の背もたれを前にしてもたれ掛かりながら座った。

「そうね……ねえ、さっき実井くんも言ってたけどこれやっぱりちゃんと飾りたい」
「……そうだな」

神永くんは写真を見つめたまま小さく笑った。

「写真立てならあった気がする。入れとくよ」
「うん」
「……」

──あれ。

「……ねえ、なんか」
「ん?」
「……何でもない」

いつも機関員の前に立ち引っ張ってくれている神永くんが、その瞬間やけに寂しげに見えた──気がした。

「何だよ」

写真を持っていない方の人差し指でコツン、と軽く小突かれ、ますます何かを誤魔化されたような感じ……。神永くんは写真を胸ポケットに仕舞い立ち上がると、いつもの涼しげな笑顔を浮かべたまま食堂を後にしたのだった。


翌朝、目覚めて身支度を整えてから普段通り食堂に向かうと、いつもと一つだけ違うことがあった。
いつものようにまだ誰もいない、いつものように煙草の残り香がする。
けど、一つだけ。
食堂の真ん中にある丸いテーブルの上に、見覚えのない写真立てがあった。そこにはあの集合写真が収められていて、私はテーブルに近付いてそれを手にとって見つめた。昨日あれだけ見たのに、きちんとフレームに収まっているのを見るとまた違ったものに見えるようで不思議だ。
神永くん、もうやってくれたんだ。皆が起きてくる前に置いておくなんて粋なことするなあ、そんなことを思いながら元の位置にそっと戻した。
神永くんが起きてきたら綺麗な写真立てね、と少しからかってやろうなんて考え、くすぐったさに目を細めた。

けれどもその日、神永くんは食堂に来ることはなかった。その次も更にその次の日も、ずっと来なかった。
写真立てを置いたあの日、神永くんは独り任務先に旅立ったのだった。
ここ“D機関”では任務先に赴く時、誰にも何も告げず、独りで発つことになっている。皆で写真を囲んではしゃいでいたあの時、神永くんだけが知っていたのだ。

神永くんがいなくなっても機関員達はこの食堂で煙草を吸い談笑する。
けれど、ふと写真立ての中の神永くんと目が合うたびに旅立つ前日のあの寂しそうな笑顔が浮かぶ。
機関の性質上、望むことすら許されないのかもしれないが……神永くん、どうか無事で、はやく──いや。やっぱりこの先は言葉にしてはいけない気がして、ゆっくり目を閉じて感情に蓋をした。


 
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