肌を撫でる空気はめっきりと冷たく、朝夕は暗く陽の射す時刻もつんと悴む手先がひたすらに辛い季節になった。


「……なあ、冷たいよ?」

外よりは幾らか暖かい大東亞文化協會の一室の、同じテーブルのすぐ正面で真向かう神永くんがぽそりと呟く。冷えきった指先を暖める目的で彼に向けて伸ばした私の両手のひらは彼のその頬にぴたりと貼り付けたままで、うん?と惚けてみせると神永くんは諦めたように首を振った。

「神永くん、体温が高そうだもの」
「お前……」

複雑な表情は何を表しているんだろう。彼のこんな表情、生憎私は嫌いではないのだけれど。

「そんな顔したって神永くんは優しいもの。私知ってるわ」
「それにしてもお前は俺を唯の暖房器具とでも思ってるわけ?」
「まさか?それならこんなに優しく触れない」
「……お前の中では冷たさと優しさは同義なわけだ」
「もうすぐ暖かくなるわ」
「誰のおかげだろうな」
「貴方のおかげだから感謝しています」
「感謝ねえ、」

話しながら神永くんは、彼の頬にぴたりと寄せている私の手の上から更に、その頬と同じくらい暖かな、骨ばった彼自身の手を重ねた。

「もっと効率的に暖かくなれる方法があるだろ?それも気持ち良くさ」

軽い調子で告げながらも細められる瞳の奥は鋭くて、けれども、そうでなくとも彼の言わんとしていることは容易に理解出来る程にストレート過ぎる台詞だ。

「セックスならしないわよ」
「何で」
「貴方のこと好きだから、私」

いつも言っていること、わかっているくせにわざわざ確認するみたいに言葉にさせるのは彼の意地の悪さと捉えて良いものだろうか。

「それが答えになるってのも甘いよなあ……」
「ならこの際だから聞くけど。セックスしても、今までみたいに優しくいてくれる?」
「それは……してみればわかるだろうな」
「過去の女にならない?」
「何だって?」

……この、神永くん、という人がいつも貼り付けている表情。へらりと隙を与えるみたいに笑んでいるのに、その実何物にも真中の芯には触れさせまいと引き締められた精悍さ。……と、私は捉えているわけだけれど、その彼のいつも通り、が一瞬揺らいだ。何だって?そう呟いた時、彼の眉間にうっすらと皺が寄ったのだ。まあ今、それがどうということはないのだけれど。
神永くんに限らず、もしも誰かとそんな関係になったとしても私と相手の間には特に何の変化も起こらないかもしれない。この人の言う通り、実際のところどうなるかなんてその時になってみないとわからないのだし。言う程恐れてなどいないし、何より相手が化け物であるならたとえ私の中でのみ何かが変わることがあったとしても、彼らにとってそれはきっと取るに足らない変化であるのだろうし。それでも、だ。

「貴方とはそんな風になりたくないの」
「他の奴なら良いのかよ?」
「そういうことでもないけど」
「本当かねえ」

先程一瞬歪んで見えた神永くんの顔付きは普段のそれに落ち着いていて、声、柔らかさ、鋭さ。全て、がいつもの彼だ。

「神永くん、本当に私を抱きたい?」
「んー……、」

いまだに自身の頬に添えられた私の手を包んだままの神永くんは目を伏せる。そうして暫し分かりやすく思案してみせたかと思えば、ちらと目を上げあっけらかんと呟いた。

「止めとくか」
「でしょ」
「お前、変なとこで頑固なんだよな」
「ね。自分でも好きなところよ」
「度が過ぎると庇いきれないよ?」
「ならその時は教えて、ね?一度だけ確かめてみるのも悪くないわ」

私の手先、手のひらには頬から、甲には神永くんの手のひらから伝わった温もりを受けてすっかり暖まっている。ので、包み込むように軽く重ねられていた彼の手のひらの下からするりと滑らせようやっと引っ込めると、神永くんもゆっくりとその手を引いた。

「……馬鹿だねえ」
「今日の貴方、私を褒めすぎね」
「貶されるのは嫌いだろ?」
「私を貶す言葉があるなら言ってみても良いわよ」
「……見当たんねえわ」
「残念。議論は嫌いじゃないのに」
「黙ろうか?そろそろ」
「そうね、大分暖まったわ。ありがとう」
「ま、礼には及ばないけどさ」
「けど?」
「それ、返してはくんないの?」
「取り返すなら力ずくで、どうぞ」

熱をやり取りするみたいに簡単には他人の気持ちは動かせない。それでも奪うと言うのならこちらに選択肢を与えない程追い詰めてくるのがここでの当たり前だけれども、果たして彼はどこまで本気でこの心を拐いに来るだろうか。きっとその答えを考える必要などない。彼の本気は、いつだって冗談だ。遊びにすらならないそれに他人である私が付き合うのだって彼には不要で、最も囚われないこの人はいつだって簡単に与え、また手放す。それを返すだなんてとんでもない、何故って、だってそれはただ、ただ不可能だ。


 
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