「ねえ、何が困ると思うの」

包帯を巻き終えて伏せられていた瞳を上げた彼にたまらず直接投げ掛けた。ら、相変わらず感情を出さずに答える。

「今日一日過ごしてみれば分かるんじゃないですか」
「……」

三好くんのこういう含みのある言い方をするところ、如何にも彼らしいけれども今はそれが焦れったい。答えを持ち合わせないから聞いているのに、そもそも彼には全てが見えているのだろうか。化け物だから?

「爪」
「え?」
「剥がれてきてる」

爪、は剥がれていない。彼が言うのは私の指先に色を足しているマニキュアのことで、朱色のそれは確かに爪先から少し剥がれ落ちてきていた。右手の指の付け根まできつく巻かれた包帯、全く動かせないわけではないけれども痛みも相まって力は少し入れ辛い。確かにこれでは細かい作業は難しいかもしれない。でも……。

「これは別に今じゃなくても……」
「いつでも良いなら今でも良いでしょう?」

告げる三好くんの声は少し楽しそうに聞こえた。
心なしか弾むその声色に結局流されて、それならとりあえず私の部屋に行きましょうと告げるとここで良い、君は待っていろと言うのででも仕舞ってある場所がわからないでしょうと返す。すると右側二段目の引き出しでしょう?とさも当然の様に当ててみせるので絶句した。
彼を待つ間左手で擦ったマッチで火を着けた煙草を吹かしていると、先程と同じ様に、今度はその手に小さな瓶を持って三好くんは戻ってきてまた私の目の前に座る。丁度二本目の煙草に火を着け咥えたところだった。

「……あれ、どうして」

てっきり同じ色を塗り直すのだと思っていた。けれども彼が手にしているのは今私の指先に塗られているものとは違う色で、それと一緒に除去液も握られている。

「どうせなら好きにやろうと思って」
「好き、ねえ」

貴方に女の趣味の好き嫌いがあるのかしら、言いたくなるのを飲み込んで、右手甲を上にして差し出す。そして左手に持つ少しだけ短くなった煙草を三好くんの口元に近付けると、彼は何も言わずに顔を寄せてそれを咥えた。
立ち上る煙に時折目を細めながら私の指先から色を落としていく表情は、まるで絵画として描かれた様に美しい。

「何でその色にしたの」

人工的な色を失う指先に新しく彼が塗ろうと手にしてきたのは、私の爪をそれまで彩っていたものより淡くて優しい薄紅色。今まさに彼の手によって取り去られているこれまでの色は、真っ赤なヒールに合わせてもっと赤みを含んで主張の強いものだった。私の疑問に、三好くんは目を上げることなく答える。

「君の手は繊細だから」
「もしかして今褒めてくれた?」
「まさか」

そう、まさかだ。だから一応確認してみたのだけれど、案の定あっさりと否定された。やっぱり、まさか、だ。
大分短くなった煙草を灰皿に押し付けて、彼は黙々と作業を続ける。

「……」
「……」

朱く染め上げられていた爪をまっさらな状態に戻して、そのまま続けて小さな筆で今度は色を足していく。表情を崩しもせずに私の爪に筆先を滑らせていく様を見ていると、つい先程包帯を巻いていた時と変わらない真剣な眼差しがどうにも奇妙、何なら今の方が神経を使っているのではないかと疑う程で、それなのにその作業内容はやっぱり困るという程のことではないから可笑しかった。

「……貴方って女に産まれていてもきっとそのままね」
「君も男だったとしても君のままでしょうね」

神経質な程に身嗜みにも気を配る、というのが私が告げたそのままの三好くん像なのだけれども、彼は一体どういう意図で同じ様に呟いたのだろうか。君って大雑把ですよねだとか言われたことはあるけれど、果たしてこの人も私に関してのそんなことを言いたいが為の表現なのかわからない。やっぱりどんな時でも、三好くんの言葉は表面以上の含みがあると感じてしまう。

「……若宮」
「うん?」
「君が今何を考えているのか当ててみせましょうか」
「……遠慮しておく」

きっとぴたりと当てられてしまうし、もし外れたとしてもこの人に言われたことは結局いつの間にか私の中の真実となってしまう様な気がするのだ。私にとっての三好くん、はそうなのだ。
右手の次は左手、と彼は要領良く作業を終えて、そうしたら何故か私の方がふうと一つ息を吐いた。対して三好くんはポケットから煙草の箱を取り出し新しく一本手にした、けれどもまだ火は着けない。

「ありがとう」
「総評を」
「ええと、大層お上手です」
「これくらいのことは目を瞑っていたって出来ますよ」

自分から聞いておきながら自信に満ちた返しに少し頬が緩む。なんたって目隠しをしながら銃の解体が出来るんだもの、当然でしょう。それでも言葉とは裏腹に真っ直ぐに爪先に注がれていた視線を思い返せば可笑しくて、くすり、声が漏れた。使用した道具を全てテーブルの上に綺麗に並べた三好くんは、そんな私の手を今一度軽く握り引き寄せる。

「綺麗だ」

うっすらと乾き馴染み出した色を纏う私の指先を、満足そうに細めた目で見つめながら呟く。そうして漸くマッチを取り出して火を灯し、流れる様に手にした煙草を咥えそれに火を移すと、煙をふうと軽く吐き出した。


 
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