「おい若宮、ちょっと付き合え」
「波多野くん」

突然声を掛けてきた波多野くんは背広に帽子の出で立ち、つまり外を出歩くつもりらしい。

「どこに行くの」
「別に場所はどこだって構わねえけど」
「うん?」
「お前とならどこでも良い」
「……う、うん?」

何だか今日の波多野くんはおかしい。告げられた言葉はまるで愛の逃避行へと誘う様な台詞で、こう言っては失礼かもしれないけれど凡そ彼には不釣り合いなものだと思った。どこか頭でも打ったんじゃないかと心配になってしまって、どこでも良いのならとりあえず病院に行きましょうと告げると思いっ切り頬をつねり上げられた。

「阿呆。くだらねえ事言ってねえで良いから行くぞ」
「良いから、と言われても……」
「行くの?行かねえの?」
「い、行きます」
「よし」

軽く笑顔を浮かべた波多野くんに一瞬目を奪われて胸が鳴る。あれ、これって、なんて自問しかけたけれど、そのまま流される様に廊下を進んでいく。

「ほら」

玄関のドアが開かれて一歩先を歩く波多野くんに続いて外に踏み出すと、彼はぶっきらぼうに背広のポケットに突っ込まれたままの片手をこちらに差し出す。腕を組め、ということらしいけれども、任務中でもあるまいしこれじゃまるで本当に恋仲の二人みたい。それも相手が波多野くんとくれば、もはや新鮮さを通り越して謎の背徳感すら覚える。
……とは言えまあ誘ってくれたのはこの人なわけだし、それではと差し出された腕に自分のを絡めてみると気分はやっぱり本物の恋人同士。何だか楽しくて自然と頬が緩んだ。

「それで?一体どちらに連れていってくださるの、波多野さん」
「……そうだな、君の行きたい所に行こうじゃないか」

それらしい調子で話し掛けてみると、いつもと違う紳士的な振る舞いの波多野くんがこちらに合わせてくれて、嬉しくてくすぐったくなる。

「まあ、それでしたら私下着を新調したいですわ」
「ざけんな」
「……」

そうは言ってもやっぱり中身はいつもの波多野くんみたいで安心した。


「若宮」
「うん?」
「お前、綺麗になったな」
「っ、」

とりあえずの喫茶店に入り向かい合って紅茶を啜っていたら、唐突に吐かれた思いがけない台詞に噎せた。本当に、危うく紅茶を吹き出しかけた。

「ど、どうしたの?私今何か試されてるの?まさか訓練、」
「ちげえよ」
「じゃあ貴方波多野くんじゃないでしょう、変装した誰かだわ」
「俺だよ」
「ん、それなら、ええと……」
「落ち着けよ。他の奴だってお前に同じ様なこと言ってるだろ」

他の奴、と言われても甘利くんや田崎くんなら確かに良く褒めてくれるけれど、あれは彼らにとっては只の挨拶で別段深い意味などないことは私だって分かっている。記号みたいに告げられるそれらの台詞と、こうして波多野くんに面と向かって言われるのでは意味合いがまるで違う。気がする。

「……貴方に言われると何だか妙な感じ」
「改めて言葉にしてみたくなったんだよ」
「……何それ?どういう風の吹き回し、」
「下心なんてねえよ。本心だ」

きっぱりと言い切る波多野くんの大きな瞳を見れば、きっと嘘はついていない、と、思う。

「……あ、ありがと、う」
「ん」
「……」
「多分さ、本当はお前は何も変わってねえんだ」
「え?」
「お前のこと知らなさすぎただけなんだ、俺が」

……正直彼が何を言っているのか、何が言いたいのか良くわからない。わかるのは目の前で語る彼が存外本気だということだけ。

「ま、単に前までお前に興味が無さすぎたんだな」
「ああ……うん」
「お前がどんな奴かなんて知ってたってしょうがねーし」
「まあ……うん、そうね」

急にぺらぺらと饒舌になる波多野くんは普段通りの様で、けど告げられる内容はどこか彼らしくない、様な。

「別に今だって大して知りたいわけでもねーけど」
「……でしょうね」
「お前は錠だ」
「え?」
「あと銃か」
「……」

……本当に、本当にわからなくなってきた。彼の唐突な例えはまるで目隠しをされて濃霧の立ち込める森の中にでも放り出された様に捉え処がなくて、……あ、違う。いや、違わない、のか。だってどうやらこれが正解なんだもの。

「やったよな、目隠しして銃組み立ててみたり暗闇の中手探りで錠を開けたりってさ」
「……つまり今の貴方にとって私はそれだと」
「そ」

彼の挙げたのは訓練であり手段である、言ってしまえばそれだけのものだ。けどあいにく私はそれらとは違って人間で、なのに今彼は私をそうだと言う。つまりその意味するところは、……考えたくもないけれど。

「……やっぱりプライドがお高くていらっしゃるのね、波多野さんは」
「おや、どうしてそう思うね?若宮さん」

わざとらしく首を傾げてみせる彼のその行動が全てだ。与えられた課題に何でもなく取り組むみたいに扱ってみるのは、興味や好奇心なんて可愛いものですらない、全ては自負心でしょう。

「私なんか解体したって何にもならないと思うけど」
「やってみなきゃわかんねーだろ?」

囚われる、このままでは彼の自負心に飲み込まれる。嫌だ、そんなのは嫌。比べ物にならない程ちっぽけな私の中の自負心が勝手に言葉を紡ぎ出す。

「……ねえ、何でわざわざそれを私に言うのよ」
「は?そんなの、」

おどけた様に肩を竦めてみせてから、ずいとこちらに身を乗り出す彼と私の距離が詰まる。

「お前の逃げ道を塞ぐため」
「……」
「わかってんだろ?」
「……」

意地が悪い人だと、理解してきていた筈なのに。ああそうわかっていた、なのにどうして聞いたんだろう、後悔さえする間もなく更に顔を寄せてくる波多野くんから咄嗟に目を逸らした。

「なあ、逃げんなよ」



 
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