「三好くん」

紅茶を飲みながら紙面に目を落としていた顔を上げ、肩越しに見上げる様に視線を寄越す三好くん。

「優雅ですこと」
「……何です」
「絵になるわあ」
「それで」

彼が毛嫌いしている猫みたいな鋭い眼に捉えられると一瞬怯みそうになるけれど、それを気取られない様に本題を切り出す。

「ねえ、外に出ない?」
「嫌です」
「何でよ」
「君こそ理由は」

質問を質問で返されたって特に驚かないけれど、こうもきっぱり突っぱねられると少し堪えるものがある。

「……お散歩しましょう?」
「断る」
「何でよ」
「どうせ神永田崎辺りに断られてこっちに来たんでしょう?僕だって君のお守りなんかごめんだ」
「違うわよ、貴方だから誘ってるのよ」
「だから何故」
「もうー……」

強情、分からず屋。そんな風に言ってやりたいけれどどうせ分からず屋で結構、なんて鼻を鳴らされて終わりだ。

「……貴方前に言ってたじゃない、秋は好きじゃないって」
「覚えてません」
「言ったのよ、私に」


春が過ぎて梅雨が明け、じわじわと暑さを感じ始めた頃だった。その日は三好くんと二人で外に出ていて、所用を済ませ大東亞文化協會に向かう帰り道でこれから暑くなるわね、とぼそりと呟いた私に夏ですからと何とも彼らしい答えをつまらなさそうに返された。夏は苦手と更に返すと、特に理由も聞かずそうですか、とこれまた心底どうでも良さそうに返事をする。彼からこの話題が広げられることは到底有り得なさそうなので、そこからはまるで独り言の様に、それこそ誰に聞かせるでもないうわ言の様に私が一方的に話すことになる。夏が苦手な理由をつらつらと説明して、それに対して彼はたまにへえ、だとかそうですか、だとかの聞いているんだかいないんだか分からない相槌を打つ。それでも構わずに話していくうちに今度は夏の次の秋は好きだから待ち遠しい。と告げると何故、と珍しくその理由を問われたので丁度涼しくなるのが良いじゃないと答えた。秋という季節は暦の上では他と等しくても、何故か短く感じるのが不思議。きっと過ごしやすいからだってずっと思っているのだけれどどうかしら、と更に続けた私の言葉は、それは単に君の感じ方だと、事実中途半端で僕は好きじゃないと鼻で笑われる。そんな彼にじゃあ貴方はいつが好きなのと尋ねると、そもそも季節を好きだ嫌いだなんて馬鹿馬鹿しいと一蹴された。それにむむと私が口をつぐんだところで大東亞文化協會に到着して、片眉だけ吊り上げて満足そうな表情の三好くんはお先にどうぞ、とそのドアを開けたのだった。


「……ということがあったじゃない。本当に覚えていないの?」
「だから?それでも敢えて誘うならただの嫌がらせじゃないか」
「……もう!違うってば……」

今は秋、三好くんが好きじゃないと言う季節になった。たとえ彼が好まなくともやっぱり私はこの時期が好きで、外を歩いているとそれぞれが好きに色を付ける鮮やかな木々だとか、さらさらと髪が流れるのすら普段より多少は情緒的に映してくれそうなこの雰囲気に足取りも軽くなる。けどそうやって感じられるのすら短いというのだから、その切なさがまた何とも言えないものがある。ただ、それを三好くんにも分かって欲しいなんて思いは特にあるわけでもなく、今日彼を誘ったのは本当にたまたま、というよりも彼の姿を見たら何故だか一緒に外に出たくなったのだ。無論そんなことを伝えても彼の気持ちが変わることはまず期待できない、諦めよう。丁度遠くの方で機関員達がこちらに向かって歩いてくる様で、次第にその声が近付いてきている。

「ほら、奴等来ましたよ。誰でも連れて行ってくれば良いじゃないですか」

目を細めながら扉の方を顎でしゃくって、頑として腰を上げようとしないこの人にもはや溜め息しか出なかった。

「もう良い……」

さすがに心が折れた。ここまで相手にされないとは。三好くんはきっと秋だけじゃなく私のことも好きではないのだ、悲しいけど。脱力する体でそのまま倒れ込みたかったけれど、ここまで蔑ろにしてくれたこの人の側にこれ以上いては精神が持たない。ので、離れたところで今日はもう大人しくしていようと奥のテーブルに向きかけた足を止めて彼を改めて見やる。

「……ねえ」
「まだ何か」
「貴方だから声を掛けたのよ、貴方とだから一緒に歩きたいと思ったのよ」
「そうですか」
「他の誰かとなんて行かないわ。それに貴方がいくら私を嫌ってもまた誘ってやるんだから……あれ、これってやっぱり嫌がらせになる……?」
「……は、自分のことでしょう?」
「いいわよ……じゃあ今度からははっきりと嫌がらせで声を掛けてやるわよ」
「君の性格の悪さには呆れます……」

そう言い捨ててがたんと椅子から立ち上がると三好くんは食堂を出ていってしまった。入れ違いに他の機関員達が入ってきたけれど、彼に告げた通り他の誰を誘う気にもならない。ふと彼が口を付けていたティーカップに目をやると中身はいつの間にか空っぽになっていた。
結局、三好くんに振られ残された私は一人で一番奥のテーブルに着席してだらりと体を投げ出して顔を伏せた。口説き落とすことが失敗に終わった彼は、きっと今頃嫌な笑顔を浮かべているに違いない。いや、もう私とのやりとりなんて頭の片隅にすらないのかも……。このままここでふて寝でもして無駄に今日の残りの時間を過ごしてやろうか、なんて考える。と、かつかつと誰かの足音がこちらに向かってきているのに気付く……というか、誰か、ではない、この足音は。靴を鳴らしているその主に振り返ろうと顔を上げかけた時、頭にぽすと何かが乗せられた。

「だらしないですね」

すっぽりと頭を覆っているのは外出用の私の帽子で、それを被せたのはさっき振られた相手だった。見上げると彼もまた、外出時に合わせる帽子を手にしている。

「三好くん……」
「何です」
「また私の部屋に勝手に入ったの……?」
「別に構わないでしょう?」

心底面倒そうに表情を歪めて吐き捨てる様に彼はそれよりもほら、行くなら早くしろといつもより些か強い口調で訴えてくる。つい今まで手にあった帽子も既にきっちりと本来あるべき場所に収まっていて、もういつでも外に出れるという風貌だ。

「ねえ」
「何ですか」
「どうして行ってくれる気になったの」
「君があまりにしつこいからに決まってるでしょう?またうるさく喚かれるのはごめんですから」
「三好くん……」
「分かったらさっさと立てよ。これじゃまるで僕が君を誘ってるみたいじゃないか」

ぶつくさと文句を垂れる表情はまさに不満顔以外の何物でもない。それでも再び帽子に手を掛け角度を少し変えたりネクタイをきっちりと閉め直しているのを見ると、どうやら本当に付き合ってくれる気になったらしい。

「三好くん」
「まだ何か?」
「好き」
「黙れ」

舌打ちでもしそうな勢いで、これ以上ない程に眉間に皺を寄せてみせる顔があまりに普段の澄ました表情とかけ離れているのが正直可笑しくてたまらない。口元がふるふると緩むのを必死に耐えるけど我慢できずにふはっと息を吐くと、その歪んだ顔は今度こそ盛大に舌を鳴らした。


 
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