深い藍色の大きな空に次々と大輪の華が咲いていく。田崎くんとの何度目かの協議会は隣同士肩を並べて、今年最後の花火を眺めながら屋上で行われていた。

「夏の終わりの花火って好き」
「ああ、好きそうだね」

ひゅるるると空高く目指す一筋の光が華になる前のほんの一瞬の静寂を、季節の終わりを感じさせる空気が包む時の哀愁が堪らなく好きなのだ。田崎くんなら分かってくれるでしょ?と問うと詩人だねと笑うので貴方に比べると大したことないけどと少し皮肉っぽく告げる。はは、と小さく声をあげた田崎くんは満更でもなさそうだった。

「若宮は俺を何だと思ってるのかな」
「え?……女たらし」
「褒め言葉だね」
「……そういうところ嫌いじゃないわ」
「どういうところか具体的に言ってくれるともっと嬉しいんだけどな」
「具体的も何もそういうところだもの」
「あはは、そっか」

アルコールの入ったグラスの氷をからからと鳴らしながら、彼自身はからからとは程遠く柔らかく微笑む。田崎くんとの会話はいつも何だかふわふわと抽象的で独特の雰囲気に包まれる。
煙草に火を着けようとマッチを擦ると赤い光が灯って、これがあんなに見事に空を彩るんだと目の前で輝く花火に重ね合わせるようにその光を掲げてみる。そんな私の心中を察してか不思議だよね、と呟く田崎くんに私の考えがわかる貴方の方がよっぽど不思議だし何なら恐いわよと小さく応えて吸い込んだ煙を吐き出した。

「恐がられるのは……駄目だな。やめよう」
「無理でしょう。私って分かりやすいみたいだし……貴方だけじゃなく三好くんや実井くんにもそう言われたからもう諦めてるの」

いつか彼らに言われたこと。私は分かりやすいと、私の考えなんて手に取る様にわかると。きっと相手が悪すぎるというのもあるけれど、ここにいる内は隠し事など不可能だと、そんなことはもう嫌と言うほど痛感している。

「だからいくらでも覗いて頂戴」

自嘲気味に吐き捨てるとあははと笑う田崎くん。今日は何だか良く声をあげて笑っている。アルコールと花火に浮かされでもしてるんだろうか。普段はいくら飲んでも酔っ払った素振り一つ見せないくせに。

「じゃあさ、君もこっち側においでよ」
「え?」
「君も相手の心を読んでやれば良いんだよ。見透かされるならやり返せば良い。それなら公平だろ?」
「またそんなことを簡単に……標的ならまだしも貴方達相手だから諦めてるのに」
「何事も訓練だよ。さ、やってごらん」
「今?」
「そう。今、俺が何を考えてるか当ててみて」

そう言って顔を突き合わせてくる田崎くんの表情をじっと見つめてみる。弧を描いているとは言えないまでも微かに上がっている口角と、切れ長で涼しげな瞳はいつもと何ら違いは無くて正直全くわからない。ので、

「鳩がうるさい」

私が考えていることを言ってみた。そう、鳩がうるさいのだ。花火の音に反応しているのか、クルクルと喉を鳴らす様な鳴き声や鳩舎を飛び回る羽音がやたらとやかましかった。

「はは、確かにね。けど残念」

目を細めて違うよ、と笑みを深める田崎くんを今一度見つめるけれども、当てろと言われて正解を導き出せるような相手ではない。まあだからこそ訓練の必要があるのだろうけど。

「駄目、降参。見当もつかないわ」

大きく息をついて手にしていた煙草を咥えて前に向き直ると丁度大きな白い花火が目の前に広がった。その美しさに見惚れながらも、あまりにあっさり音を上げすぎかと自分でも少し情けなさを感じる。本当の訓練ならこうはいかない、けれども今は違うのだから見逃して欲しい。

「また今度相手になって?出来れば私の気が向いたときに」

勿論、と田崎くん。何と言うか田崎くんで良かったと思った。三好くんや波多野くんならこんなに簡単に解放してくれる気がしないもの。

「じゃあ正解を教えようか」
「うん、教えて?一体何を考えてたの」

花火に目を向けたまま尋ねる。また一つ大きく開いた華がぱらぱらと瞬いては消えていく。

「キスしたい」

田崎くんの言葉に花火に向けていた目線を再び彼に向ける。いつからこちらを見つめていたのかすぐに目が合い、私が何も言わない内に口に咥えたままの煙草をするりと奪われ少しずつ顔が近付いてくる。ああ、やっぱり今日の田崎くんは花火に浮かされているみたいだ。そういえば何日か前に波多野くんのことで埋め合わせを求められていたんだっけ……こんなので良いのかな。それとも前に驚かせるって言っていたのがこれか、なんて、どちらにしても顔を背ける気にはならなかった。田崎くんの視線が私の唇に向いているのは明らかで、このまま本当に重なるのかもとゆっくりと目を閉じた。
きっとあと少しで触れる、そんな時に聞こえてきたのは花火の音でも鳩の鳴き声でもなかった。田崎くんの向こう側にある屋上のドアが開いて、わらわらと機関員達がやって来たのだ。がちゃりとドアノブが回る音がした時点で目を開けると、先程まですぐ目の前にあった田崎くんの顔は離れてもうそこにはなかった。けれど目は逸らさないまま、声には出さずに口元だけで彼は残念、と呟いてさっきまで私の口元にあった煙草を咥えてふうと煙を吐いてみせる。
立ちのぼる煙にはっと我に返った私は、田崎くんに何も言えないまま立ち上がって皆のいるところに足早に向かった。神永くんに花火をつまみにどれだけ飲んだんだよ、とからかわれる程赤くなっていたらしい顔を、田崎くんにだけは見られていないことを願った。


 
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