丸くて艶やかなそれをじっ……と見つめてもうどれくらい経ったろうか。
……なんて言う程時間が経過しているわけではないけれども。見つめた先の硝子に映る知った顔が自分以外にもう一人増えていることに気付いたのは、その人に声を掛けられる直前だった。

「……何してんのお前」

硝子越しに目が合った波多野くんはもの凄く冷ややかな視線を私に向けている。

「うん?お饅頭を見つめてる」
「いや買えよ」
「んー……」
「何、饅頭一つ買う金すらないのお前?」

波多野くんの声に少し哀れみの色が混ざったのは気のせいではない。さすがにそこまで困ってませんと振り返ると本当か……?と一層その色が強くなった。

「じゃあ何をそんなに悩んでるんだよ」
「えー……言いたくない」
「はあ?」
「……女心は複雑なの」
「何だ、体重か」

あっさり。図星を突かれてむむと口ごもる私の頬をむにとつねりあげて呆れた顔で笑う。

「気にしすぎだろ……お前はもっと食っとけ。そもそも饅頭一つで体重なんて変わらないだろ」
「そんなこと、」
「おねーさーん、これふたつ頂戴」

ぱっと頬を掴んでいた手を離され痛がる私なんて気にも留めずに、私に見せたことのない満面の笑みをお饅頭売りのお婆さんに向ける波多野くん。お婆さんはあらやだお兄さんお上手ねえなんて言いながら慣れた手つきでお饅頭二つと、おまけで串団子を一本包んでくれた。代金を払うと波多野くんは早速包みから一つ取り出して、私の目の前にずいと差し出す。

「ほら、口開けろ」

悩みに悩んだ魅惑的な誘惑、それも支払いが済んだものを最早断る理由もなくて、言われるがままに口を開くとぎゅむっとお饅頭が捩じ込まれた。さすがにその全てを一口に収めきるのは不可能で、手を添えて何とか頬張る。波多野くんは自身も串団子を手にあ、と一つ口に含むと美味いと呟いてむぐむぐと口を動かす私をははんと笑う。

「阿呆っ面」

こんな街中ではしたない、とは自分でも思うけれども差し出してくれた張本人に言われても。なるべく急いで食べるけど、それなりの大きさのお饅頭でとても一口、二口で食べきるのには無理があった。

「満足したか?」

やっとの思いで全てを口に含んでもぐもぐといまだ口を動かす私を覗きこむ様に身を屈めて、にっと顔を緩めた波多野くんにうんうんと頷くとそりゃあ良かった、と歩き出す。ごくりと全部飲み込むと、今度はものすごく水分が欲しくなった。……と、いけない。

「待って、お金」
「いらねー」
「やだ、駄目よ」
「いいってこれくらい……あー、ほらあれだ。前に田崎が言ってたやつ」
「うん?」
「あれだあれ。俺って好きな奴にはわざと意地悪する方だからさ」
「……ああ、そういうこと」
「そ。だからお前にはうんと優しくしてやるよ」

うんと、の部分を大袈裟に強調してにやりと笑った波多野くんの、私のことは好きではないとわざわざ釘を刺してくるいやらしさ。が、正直嫌いではない。ので、楽しみ、と笑顔を返すと覚悟しとけよと一番上のが一つだけ減った団子の串を差し出された。波多野くんの優しさって餌付けから始まるんだろうか、なんて考えてしまうけれども、楽しみと言ったからには受け取ってぱくりと一つ口に含む。再びもぐもぐと押し黙る私に満足そうな波多野くん。やっぱりこれは彼なりの優しさみたいだ、と。

「……あれ?それなら前まで私に冷たかったのってまさか……」
「よし、投げてやる」
「……冗談なのに」
「ばーか。俺だって冗談だ」

私だってそれが冗談だってことくらいわかっているわよ。何よ、波多野くんのばーか。……は、言えないな。言えばきっと今度こそ冗談じゃなくなる。うん、やめておこう。


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -