「ほら、早く……早く食べちゃって」

餌として食材の残りを盛った皿を迷い猫の鼻先に差し出す。猫に与えられる食材を物色していたら福本くんが三好に見つかるとうるさいぞと忠告してくれたので、建物の影に連れてきた。ここならきっと大丈夫だからと、皿にすんすん鼻を寄せている猫に話し掛ける。

「……よりによって三好くんだもんね……お前もついてないわね」
「君はいちいち失礼ですね」
「……み、」

見つかるのが速すぎる。三好くん、用がなければいつもならこのくらいの時間はもう外には出ない筈なのに。これも化け物の嗅覚なんだろうか。

「……あーあ、見つかっちゃった」
「残念でした」

身を屈めて三好くんがひょいと餌を取り上げると猫がそれを追うように首を伸ばす。その反応にだって眉を顰めてみせた三好くんはどうやら筋金入りの猫嫌いみたい。

「どうしてそこまで嫌うの?昔引っ掛かれでもした?」
「言いません」
「当たりね」
「言いません」

猫に爪を立てられて泣き喚く幼き日の三好くんを想像して思わず顔が綻んでしまった。私の中の勝手なイメージでしかないけれど、気障でナルシストで、周りより大人びている男の子。三好くん、とは呼べない少年。

「……君が今してる下らない妄想、有り得ませんから」
「ええ?そんなの、」
「君の考えなんて手に取るようにわかりますが」

そんなのまず私が何を想像したかなんて貴方にはわからないじゃない、と言うより先に的確過ぎる言葉を返された。そりゃあそうかも知れないけれど。むうと口を尖らせた私に可愛くないですよと容赦のない言葉が浴びせられる。

「そもそも何かを嫌うのに理由なんていります?そんなもの求めてどうなるっていうんだか」
「もうわかったから……ごめんね、私が悪かった」

三好くんが饒舌になる時は機嫌が良いか悪いかのどちらかだ。今は間違いなく後者だから、こんな時は早めに折れるに限る。

「わかれば良いんです」

何度と見てきた呆れ顔でそれで?どうするんですと手に持つ餌の乗った皿をちらつかせる。

「……少し出てくる」
「どこへ」
「そこの公園で食べさせてくる……駄目?」
「……は、」

肩を竦ませながら溜め息を吐きつつ、手にしていた皿を手渡してくれた。

「ありがとう」

受け取って、おいでおいでと猫を誘導しながらゆっくり歩く。……と、その後ろをついてくる猫嫌い一人。

「……貴方も行くの?」
「前を見て歩かないと転んでも知りませんよ」

言われて前に向き直す。たまにちらと振り返り確認すると、やっぱり三好くんもついてきている。私の後ろを少し離れてついてくる猫と、更に一定の距離を空けてゆっくり歩いてくる彼はまるで二匹目の猫そのもの。

「……化け猫」

そんな姿にふと浮かんだ言葉。猫嫌いのくせに猫っぽくて、けれども化け物。これ以上に的確な表現があるだろうかと我ながら思ってしまった。

「……肩が震えてますけど」
「……ふっ」
「君も懲りないですね」
「ふふっ……う、うん?」
「言ったでしょう?君の考えなんて手に取るようにわかると」

そうか、全てお見通しなのか。ならば笑いを堪える必要もない、と。

「ばっ……化け……あはははは!」
「全く……」

うるさいですよと言いながらいつの間にか三好くんは私に並んでいる。猫は相変わらずその少し後をついてきていて、私はひとり笑うだけ笑ってから隣を歩く三好くんに目をやる。

「気が済みましたか」
「おかげさまで」

にっこり笑ってみせるとやれやれ……と首を振る三好くんだけど口角は上がっている。きっとそんなだから、私に対して甘いと評されてしまうのだ、でも。

「ありがとう」

化け猫みたいな彼の中にあるそれを甘さ、ではなく優しさ、と私は呼びたい。きっと本人に言っても認めようとはしないけれど。私の言葉に少しも表情を変えずにどういたしまして、と応える三好くんは結局公園まで一緒に来てくれて、怪訝な顔で餌を食べる猫を見つめていた。その姿はさながら世話のやける我が子を心配する母猫……は、さすがに無理があるか。その猫みたいに鋭い瞳はいつの間にか、餌に夢中な猫ではなく私を捉えていた様でふと目が合ってどきっとする。……三好くんは私の考えていることなんて全て見透かしているらしいけれども、私が彼の瞳をいくら見つめようともその本心がわかることなんてきっとないのだ。見つめ合えば掠め取られるのは私の心の中だけ。何だかそれがとても寂しくて、堪らず視線を外して空を仰いだ。


 
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