「ねえ若宮、今俺達がしてるみたいに、こうやって向かい合って座るときは男女の組合せで距離感が決まるんだって」
「うん?」
「女性同士で向かい合って話すとき二人の距離は近くなる。けど男同士で向かい合うときはその距離は遠くなるそうだよ」
「物理的な意味よね?言われてみればそうかもね」
「そう、物理的にね。じゃあ男女の場合はどうなると思う?」
「え、それは……二人の関係性によるんじゃない?」
「だろうね。なら俺達はどうかな」
「ええと……」
「とりあえず机が邪魔だよね」
「机が何だって?」

平常運転の田崎くんの軽快な語りを楽しんでいると、気だるそうに割って入ってきたのは波多野くん。私の隣の椅子に徐に腰掛けると、机に片肘をついて澄ました顔で見上げてくる。

「よう」
「何、どうしたの」
「別に?続けろよ」

続けろだって、と田崎くんに目をやるとうっすら浮かべた微笑をそのままに無言で肩を竦めてみせた。

「波多野くん邪魔だって」
「だって、じゃないだろ?田崎の意見じゃなくてお前がそう言いたいんだろ」
「うん」
「なあ田崎、こいつと話すの疲れないのか?」
「別に?楽しいよ」
「お前もよくやるな」
「田崎くんは波多野くんと違って優しいもの」
「君を蔑ろにする気になれないだけだよ」
「だって」

今度は波多野くんに向かって田崎くんの言葉を確認するように目を向ける。呆れた顔で勝手にしろよ……と呟いたので席を立つのかと思ったけれども、腕をだらりと机に投げ出してそのまま体を倒して寝そべった。田崎くんはそんな波多野くんを特に気にかける様子もなく、再び口を開いて何事もなかったように話を再開するので私も気にしないことにした。
……のだけれど、勝手にしろと言っておきながら当の波多野くんは私達の会話にいちいち口を挟んでくる。三人で楽しく談笑、ならば特に問題はないけれど、彼の場合は要所要所で厳しく突っ込んでくるのだ。それも主に私の言葉の揚げ足を取るような感じで。
「それは違うだろ」だとか、「お前も結構捻くれてるもんなあ」なんて明らかに私を煽るような台詞ばかり吐かれて、さすがに精神が削られ堪らず田崎くんに救いの手を求めた。

「ねえ田崎くん、波多野くんって私に冷たすぎると思わない?」
「波多野はきっとあれだね、好きな子にはわざと意地悪しちゃうタイプなんだよ」
「田崎お前投げるぞ」
「あ、わかるかも……うん、波多野くんってそんな感じする」
「おい若宮調子に乗るなよ?お前なんか小指一本で投げ飛ばせるからな」
「やってみれば?きっと田崎くんが守ってくれるから」
「勿論。君が望むなら守るよ」
「田崎くん好き」
「嬉しいな。俺も好きだよ」
「おいおい……簡単に騙されるなよ田崎、こいつ悪魔みたいな奴だぞ」
「な……」

悪魔はどっちだと言いたくなるのをぐっと堪えた私と対照的に、波多野くんはこの間二人で鳩舎を掃除した際の事を田崎くんに嬉々として語り始めた。隣に私がいるのにも関わらず、あろうことか多少の脚色を加えて。

「こいつの近くに水があるときは田崎も気を付けた方がいいぞ」
「もう……そもそも田崎くんにはあんなことしないもの」
「そうなの?してくれてもいいんだけどな」
「止めとけって。こいつ容赦ないぜ?」
「それは波多野くんでしょ」

大体この前のことだって貴方が先にやってきたから仕返ししただけじゃないと言ってやる。そうだったかあ?なんて涼しい顔で惚けられるとつい声を荒げて言い返しそうになってしまうところを、何とか感情を抑えて冷静に切り返してみるけれど波多野くんの煽りに敵うわけがなかった。最終的には私の反撃の言葉が尽きて、波多野くんは漸く満足したのかしたり顔で食堂を後にする。結局、本当に特に理由もなくただ茶々を入れに来ただけみたいだった。

「若宮」
「本当波多野くんって意地が悪い……ごめん、何?」
「随分波多野と仲良くなったんだね」
「……仲良くなったって言えるのかな」
「さっきまで俺が話してたこと覚えてる?」
「うん?ええと……ああ、男女の距離感の話」
「言い合ってる波多野と君との距離、近かったよ」
「えー……本当?」
「痴話喧嘩かと思ったよ」
「嫉妬した?」
「したね」
「謝った方がいい?」
「どこかで埋め合わせてくれれば良いよ」

田崎くんを納得させられる埋め合わせってどんなだろう、考えても碌なのが浮かばない。うーんとひとり唸る横で田崎くんがいつの間に俺より近くなってたのかな、とぽつり呟くのでさっきはたまたま隣に座ってたからでしょ?と返す。

「ならやっぱり机が邪魔なんだな」

次からは俺も隣にしか座らないことにしようとにこり微笑む田崎くんに、口元だけで笑顔を返した。


 
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