もうすぐ本格的な夏がやってくる、そんな穏やかな日に食堂でただひとりぼうっとしていると、窓から入り込んでくる風がとにかく心地良くてうつらうつらとしてしまう。気の向くままにごろんとテーブルに横向きに頭を乗せてみると、誰かが廊下を歩いてきている気配に気付く。一人分の足音に誰のものだろうと入り口をじっと見つめていると、通り掛かったのはお決まりポーズの彼だった。だらんと力の抜けた姿勢のままにばちっと目が合ったその人は入り口の前でぴたり足を止めて何故か入って来ようとしない。何となく気まずくてとりあえず軽く笑ってみると、何の反応もせずにふいっと目を逸らしたかと思うとそのまま廊下を行ってしまった。
何かが……というか私の表情が気に障ったのかと少し傷付いた。けれどもまあ、私達の関係ならこんなものかとゆっくりと目を閉じる。するとまた誰かが近付いてくる気配がして、今度は目を閉じたまま耳だけ澄ませてみる。足音は食堂に入ってきて、そのまま台所に向かった。ごそごそ、がさがさと食材を漁っている音が聞こえてきて手伝おうかと声を掛けるといや良い、とあっさり断られた。おそらく今は割烹着を身に付けているだろう彼とはよく並んで食事の用意などするけれど、きっと私がいなくても大して作業効率が落ちたりすることはないんだろうな……と思うと悲しくもある。
水の流れる音やトントントン、と何かを切り刻む作業音が耳に届き始めると尚更心地良さに拍車がかかって、もし今手伝えと向こうから言われても絶対起きてなんかやらないと心に決めた。
結局彼から声が掛かることはなく、手際良く夕食の下準備を終えたらさっさと食堂を出ていったみたいだった。
そして今日はそういう日なのか、その後もまるで照らし合わせたかのようにひとりずつ食堂にやってきた。誰かは私の髪をさらさらと弄び、誰かはテーブルに無造作に放り出していた手にその人自身の指先を絡めて去って行った。ある人は私の顔にふうふうと息を吹き掛けて反応がないのに飽きたのかふんと鼻を鳴らしてから食堂を後にし、またある人は最近ここに迷いこみ今もいつの間にか近くにいたらしい猫の手を文字通り借りて、その手で私の頬をむにむにと一通りつついてきた。そしてそうやってちょっかいを出してくる面々だけではなくて、ある人は私から少し離れた席に座って煙草を吸うと何もせずに静かに食堂を後にした。
常人より圧倒的に鋭い彼等のことだから、私が本当に眠っていないことなんて間違いなく見抜かれていた筈だ。それでも声を掛けることもなく、ただ私の気紛れな戯れに付き合ってくれる皆の優しさに胸の辺りが何ともくすぐったい。化け物と呼ばれこの建物を一歩出れば途端に闇に紛れ込む彼等の、それでも人間らしい部分もあるのだと感じられるところが私は好きなのだ。彼等がそれぞれ与えてくれた行動の意味を考えてみると自然と口元が緩む。きっと今の私は幸せな夢でも見ている様な顔をしているに違いない。

「いい加減にその狸寝入り止めたらどうなんです?」

……夢から叩き起こされた。呆れた声と共に鼻をぎゅっと強く塞がれ、ぷはあと口を開くのと同じくずっと閉じていた目を開けるとそこにいたのはやはりひとりの化け物。呆れた声と一致した見事な呆れ顔で私を見つめている。

「すごく良い夢見てたのに」
「起きてたでしょう?」
「……夢がない」
「無くて結構」

はんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた三好くんはそれでもやっぱり充分に人間らしい。

「三好くんも好きよ」
「それはどうも……も、って何ですか」
「秘密」
「そうですか……」

化け物にわからない秘密があっても良いじゃない、なんて思うけれどきっとこの程度すぐに見破られてしまうのだ。それでもいいや、とんふふと笑ってまた目を閉じると気持ち悪いですねと再び鼻をつままれた。


 
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