今日みたいに風がない日の屋上は日差しの照り返しがとにかく強く感じて、ただただ暑いとしか言いようがない。シャツとズボンを捲ってはいるものの大して違いもないのか波多野くんもすぐそこでさっきからあちぃ、あちぃとしか言っていなかった。

「ねえ、ずっと暑いって言ってるけどそういうのって口にしたら余計感じると思わない?」
「思ってたら言わないだろ。あーあちい」
「……」

波多野くんと私の二人で鳩舎の掃除をするなんて状況が初めてなのは、これまでそうならないようにそれとなく回避していたからだ、それもお互いに。まるで子供じみていると自分でも思う、けれども以前の私としては、任務外で波多野くんと二人きりになるくらいなら多少きつくてもひとりで全て終わらせる方が気持ち的には楽だった。そしてそれはきっと波多野くんも同じで、本当にどれだけ苦手同士だったのだろうかとふふっと声が漏れる。

「暑すぎておかしくなったのか?」

ただ少し零れただけの声に反応が返ってきて相変わらず化け物……と心の中で苦笑する。

「違う。ちょっと思い出して笑っちゃっただけ」
「は、それでも充分危ない奴だな」
「もう……」

暑さが辛くても波多野くんは口が減ることはないらしい。ならば尚更さっさと作業を終わらせてしまうのがやはり得策だと、暑さに参り気だるさを主張する体に鞭を打った。


「おーい若宮ー」
「んー?……っわ、わ!」

一通りの清掃を終え餌も入れた、後は水を与えれば任務完了、というところで不意に掛かった気だるそうな声に完全に油断した、というよりさせられた。わざと間延びした声すらきっと彼の作戦で、まんまと無防備なまま振り向いた私に波多野くんは手にしていたホースで勢いよく水を浴びせてきたのだ。するすると流れ出る水の向こうにはものすごく良い笑顔があって、きらきら眩しいのは太陽の光だとか水飛沫のせいだけではない。それはきっと彼が心から笑っているからだ。化け物、いや悪魔だと思った。

「涼しくなっただろ?感謝しろよ」

にやにやと嫌な笑顔を浮かべる波多野くんにさすがにかちんとくる。ふるふると震えるのを自覚しながらゆっくりと顔を伏せて怒りにぎゅっと目を閉じた。けらけらと陽気に笑いながら近付いてくる波多野くんの何だ泣くのか?なんて言葉に私の中で何かが切れた。

「……」
「んー?」

ほとんど無意識だった。波多野くんが私の顔を覗きこもうと少し屈んだ隙にばっと彼の手からホースを奪い取って、その勢いのまま至近距離でその顔に向けてやった。うわ馬鹿、と咄嗟に顔を背けて被害を最小限に留めた波多野くんにさすがと感心するけれどそれとこれとは別だ。やめろこっち来んなと私から距離をとる波多野くんを追い掛け回してとにかく彼目掛けて広範囲に水を撒く。結果自分も波多野くんにやられた時より更に酷く濡れてしまった。
よくよく考えてみると、普段から様々な状況を想定して動くことを義務付けられている機関内において、今まさに双方の攻防の手段となる水の出たままのホースを持って近付いてくることなんて普通なら有り得ない。私ですらそれくらい理解出来るのに、波多野くんがそれを想定していないことなど考えられなかった。
要するに波多野くんは私を見下していたのだ。私にやり返されても痛くも痒くもないと考えたのかもしれないし、そもそも私は反抗などしないと高を括っていたのかもしれない。そんなの、やられっぱなしは癪だ。
頭からぐっしょりと水をかぶった波多野くんに満足した私はあはは、と乾いた笑いをこぼしてぺたりとその場に座り込んだ。波多野くんはつかつかとこちらに歩いてきて、無造作に放られたホースを手に取り無言で私を見やる。

「良いわよやれば?これだけ濡れたらもう変わらないもの」

波多野くんを見上げて手を広げてみせる。てっきり怒りのままに水射の的にされるかと思ったが、その顔は怒りというよりは呆れに近そうだった。まさに呆れて言葉も出ない状態なのか暫くじっと見つめられて、そんな状況に先に耐えきれなくなったのは私だった。んん?と小首を傾げるとそれまで変わらなかった波多野くんの表情が少し崩れる。緩んだその口元がふ、と漏らしたかと思えばばーか、と一言私に浴びせた彼はホースを持ったまま鳩舎に入っていくので何だか拍子抜けした。

「終わりだ終わりー」

何十秒と経たない内に声を上げながら鳩舎から出てきた波多野くんは、どうやら最後の水やりをやってくれたらしい。蛇口を捻って水を止め、ホースをきちんと纏めてから座り込んだままの私の元に再びやってきてスッと右手を差し出す。

「ほら、立てよ」
「えー……」

差し出された手を簡単に信用していいものか判断できずに、その手を引き気味に見上げいつまでも動こうとしない態度に痺れを切らしたのか波多野くんはあーもう面倒な奴、と私の腕をぐいと掴んで無理矢理立ち上がらせた。

「片手で投げられそうだな。お前よりこいつらの方がよっぽど食ってるんじゃないか?」

与えられたばかりの餌を必死につつく鳩を顎でしゃくる波多野くんに失礼な、と眉を寄せつつ片手でも両手でも投げるなんて絶対やめてよと釘を刺す。やるかよとせせら笑うように吐き捨てられた言葉はとても信じる気になれなくて、いいから戻ろうぜとシャツの裾を絞りながら促す波多野くんから少し離れて屋上を後にした。


「……何があった」
「波多野くんが……」
「こいつが」

屋上を出て廊下で偶然出くわした三好くんに、二人揃ってびっしょりと濡れた私達を見て思い切り怪訝な顔をされた。そして三好くんの問い掛けにお互いを指差した私達……そもそもの原因は間違いなく波多野くんにある筈だと隣の波多野くんをじっとりと睨み付けるとそんな私の表情とは対照的にしれっと涼しい顔をしている。悪魔め……声に出しそうになるのを何とか堪えながら心の中で毒吐いた。


 
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