廊下を渡っていると先の方にある奥の部屋のドアが開いていて、真っ白なスーツに身を包んだ人物が目に入る。遠目に見てもあれだけ白を着こなせているとわかる人なんて私が知る限り一人しかいない。帽子まで白で決めたその人──甘利くんに近寄ると良いところに来たねと声を掛けられ部屋に招き入れられる。

「わ、蝶ネクタイ?すごく似合ってる」
「そう?」

首元にはアクセントの様に黒い蝶ネクタイをあしらって得意気にウインクを決めながらそれをくいと持ち上げる。清潔感に溢れる様はまさに色男と呼ぶに相応しい。

「次の任務はいかに多くの女を惹き付けるか、とか?」
「良いね」

勿論これは下らない冗談だけれども、只でさえ甘利くんはその甘い顔立ちと如何にも扱い方を知っている伊達男、といった雰囲気で多くの女を引き寄せる。加えてきっちりとめかし込んだりなんてしたら、きっとこの世で彼に落ちない女など皆無だろう……とは言ってもそれはそれで、彼が任された本当の任務はフォーマルな場に潜入といったところだろうか。

「こっちにしようかとも思うんだがどうかな?」

言いながら甘利くんは傍らに放られているネクタイを手に取り蝶ネクタイの上から合わせてみせる。正直どちらも甲乙付けがたい、何せそれを身に付ける本体が本体だもの。

「んー……もう完全に好みになっちゃうけれど。やっぱり蝶ネクタイが素敵」
「そう言ってくれると思ったよ」

甘利くんはぱ、と明るい表情になって再び手にしているネクタイを机の上に放った。私も甘利くんはそう言うと思っていた、というか普段馴染みのあるネクタイより先に蝶ネクタイを合わせていたことからもう既に彼の中ではきっと決まっていたんじゃなかろうかと感じるのは当然のことだった。

「私に聞かなくても決まってたんでしょう」
「いやいやそんなことはないさ……とにかくこれで決まりだな」

頭に軽く乗せていた帽子に手をかけ机に置いてから蝶ネクタイを外し、最後に白いスーツを脱ごうとするのを手伝うとありがとうと微笑む。あ、今の私達何だか夫婦みたいなんて一瞬考えてしまう、けど、こんな場所に身を置いて何を夢のようなことを、とすぐにその考えを頭から追い出した。

「こういうのって何だか夫婦みたいだな」
「え」
「そう思わないか?」

爽やかに微笑む甘利くんの言葉に驚く、けど同じ様に感じたのだと嬉しくなったのも事実だった。

「実は私も同じこと思った」
「俺達も結構単純だな」

顔を見合わせてくすりと笑い合う。甘利くんの女の扱いに慣れているという印象は何も軽いということだけではなく、きちんと包み込んでくれる優しさを感じるから悪いことばかりではないと思える。甘利くんに愛されて結ばれる人がいるならきっと幸せになれるんじゃないかな……なんて、こんなこと考えたってしょうがないのかもしれないけれど。
蝶ネクタイを外した甘利くんはいつもしているネクタイを手に取っていた。それを首にかけようとする仕草を一度ぴたりと止めてからふとこちらを見やる。

「そうだ、折角なら君に結んでもらおうかな」
「あ、いいわよ」

甘利くんの正面に立ってネクタイを受け取りくるりと首に回す。少し頭を下げてやりやすくしてくれる甘利くんは男物の香水の甘い匂いがした。

「たまにはこういうのも悪くないな」
「ごっこ遊びだけどね」
「遊びも必要だよ」

結び目を整えて出来た、と告げると耳元でありがとうと囁かれ、匂いから声から改めて甘い人だと胸の高鳴りに少しどぎまぎしてしまう。そんな私に追い討ちをかけるように、甘利くんは私に合わせて屈め気味だった姿勢から更に顔を近付けて頬に軽くキスを落とした。

「夫婦ならこれくらいしなくちゃね」

お得意のウインク付きでそんな台詞をはかれたらいやでもごっこ遊びのその先を想像してしまう。“甘利くんに愛され結ばれる人”が心底羨ましいと思った。そんな人物はたとえこの世界のどこにも存在しないとしても、だ。そんな私の心中を知ってか知らずか、もしくは単に言葉を失った私に対してなのか、甘利くんはただ優しく微笑むのだった。


結局、この時選んだ蝶ネクタイを身に付けた任務で彼は愛する人でも妻でもなくひとりの女の子と真っ黒な犬を連れてくることになる。彼いわく責任を取った、とのことらしいが甘利くんがその人生をかけて連れてきた子だ、機関員達ががやがやと騒ぐ中、その愛らしい女の子のことを羨ましいと思ったのは内緒だ。


 
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