「私三好くん離れする」

起きてきた三好くんに開口一番宣言する。お早うも言わずに告げるには失礼すぎる言葉に三好くんはぴたりと歩みを止めた。

「……別に好きにすれば良いんじゃないですか」

呟く様にそれだけ言うと、食堂に入ってきたそのままの表情を微塵も変えることなく私を一瞥して席に着いた三好くんに少し寂しさを覚える。ああこれだ、この寂しさがいけないんだよなとこんな状況になって初めて自覚する自分がつくづく情けない。少し離れたところに座る三好くんを見つめると、普段と変わらない様子で煙草を咥えてマッチを擦っていた。


「若宮ちょっと」
「こっちへ、若宮」
「手伝いますよ」

……あれ、おかしい。私は今朝“三好くん離れ”すると告げた筈、それも本人に。なのに、どういうわけかその本人がいつもより構ってくる。任務や講義内容のことならまだしも、食堂でわざわざ目の前に座ったり普段は手を貸そうともしない片付けまで一緒になってやってくれた。というか三好くんって手伝うという単語を知っていたんだ……当初の目的通り離れていたのは朝の食堂の席ぐらいのもので、今日一日のやけにしつこかった……と言うと心外だと怒られそうだが、そんな三好くんの行動に疑問を感じ思い返しながら廊下を歩いていると巡り合わせなのか、向こうから三好くんが歩いてきた。引き返すわけにもいかずこちらも真っ直ぐ進むとすれ違い様に目も合わせずおやすみなさい、とだけ言われた。

「待って」
「はい?」

私の呼びかけにくるりと振り向いた三好くんは特にいつもと変わらない。ほんの少し首を傾けて涼しそうな表情を保っていた。

「私三好くんから離れるって言ったわよね?」
「言ってましたね」
「覚えてるんなら何で今日あんなに構ってきたの?」
「そりゃあ君、好きにしろとは言いましたけどこっちまでそれに付き合うとは言ってませんから」
「……ああ」

なるほど、なんて思うわけがない。三好くんのことは普段から捻くれ者だと思っていたけどまさか今回の件でこんな手段に出るとは。

「……僕も一つ聞きたいんですけど」
「え?」
「そもそも何故僕から離れるなんて言い出したんです?」
「……それは」

思わず口ごもる私にはあ、と分かりやすい溜め息をついて首を振る三好くんはきっと大体のことは見当がついているのだと思う。

「誰に何を言われたのか知りませんけど……ここまでくると素直というより愚かですね」

あまりの率直な意見にぐさりと痛いところを貫かれて情けないことこの上ない。三好くんに限ったことではないけれど、こうも全てを見透かされると自分の、正に愚かさ、を突き詰められているようで居たたまれなくなる。
厳しい言葉に何も応えられないでいると、三好くんは少しだけあった二人の間の距離をつめて私の正面に立つ。少し前にも同じ様な状況があったな、むしろその時がきっかけで今こんなことになっているのだ。

「……けどそうですね、考えてみれば悪いことじゃないかもしれない」
「え?」
「確かにこのままいつまでも一緒というわけにはいきませんから」
「……」
「それでも、若宮」
「……」
「いつか君の前から僕がいなくなる時が来ても」
「……どうしてそんなこと言うの」
「君は今日までと同じ様に生きていけば良いんです。ただいつもみたいに笑っていればいい」
「ねえ……」
「何よりうじうじした君の顔ほど見ていて鬱陶しいものはありませんから」

愚かな私はここまで言われてやっと気付く。話さなくとも、目に入らなくとも三好くんがここに、同じ空間にいるというだけで私は安心出来ていたのだと、三好くんの存在自体がもう私にとってそうなっていたんだと。いつか私の側から三好くんがいなくなる、考えないことはなかったけれども、どこか現実味のない曖昧な、まるで空想みたいな出来事だと思っていた。この機関にあって、決して有り得ないことではないのに。

「今だってその顔ですよ」

ふいに三好くんの右手が私の顔に向かって伸びてきて、頬の辺りを鷲掴みする。突然の出来事に肩を震わせそうになったけれども何とか耐えた次の瞬間、掴まれたままにぐいっと頬を引き上げられて、一瞬何が起こったのかわからなかった。

「んん、」

思わず声を漏らす私に三好くんはくっくっと肩を揺らして笑った。

「馬鹿みたいですね」
「……そっちがやってるんじゃない!」

ここでやっと三好くんの腕を掴み強引に頬から引き離した。三好くんは掴まれた腕を引こうともせずにその表情だけ少し柔らかくなる。

「そうやって馬鹿みたいに笑ってれば良いんです」

馬鹿みたいに、は余計だと思った。けれども三好くんがそう望むなら何だかんだ私に甘い彼に、私がその甘さに少しでも返せるものがあるなら応えたいとも思う。

「……それ、本心?」
「君なんかにわざわざ下らない嘘をついてどうするんです」

相変わらず言い方はきつい。けれども、それでもやっぱり三好くんのことを優しいと思うのは厳しい物言いの裏にちゃんとそれを感じられるからだ。呆れた様に溜め息をついた三好くんは私の目を見つめまあでも、と呟く。

「一緒にいる今は無理に離れる必要なんてないんじゃないですか」

よくもまあそんなことを簡単に、と思うけれどそれが三好くんという人なのだ。そして彼が私に甘いなら、私はそんな彼に弱いのだ。

「……私三好くん離れやめる」
「別に好きにすれば良いんじゃないですか」

朝と同じ台詞をはいた三好くんは大袈裟に肩を竦ませてはいるけどその表情は柔らかいままだった。そんな三好くんに、私も“馬鹿みたいに”笑って頷いた。


 
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