意識はある、目も閉じているわけではない……のに、何故だか視界には何も捉えることができない。じっとりとまとわりつく嫌な感覚を断ち切るように首を左右に振って……いるつもりだけれども、上手く動かせている気がしない……。

「……若宮」
「……う」
「若宮」
「ん……」

ぱちっと目が開く感覚。今度は間違いなく本物だ。

「……おかえりなさい」
「風邪を引くぞ」

声をかけてくれた小田切くん越しに他の機関員達がぞろぞろと入ってくるのが見える。ああ、何だかこの感じ……。

「……前にもこんなことあった」
「何だって?」
「あ、ごめんいいの、気にしないで」

真面目な小田切くんは私の言葉ひとつひとつに反応してくれる。きっと三好くんや神永くんなら寝惚けてるのかとまともに取り合ってもくれないだろう。

「自分の部屋で寝ればいいだろう」
「ついうとうとしちゃって……」
「飲んでるのか?」
「ほんのちょっとよ」

本当に少しだけと言いながらそれでも水を飲もうと立ち上がると、いいから座っておけと制されその背中はいつの間にか私が向かおうとしていた蛇口の所に見えていた。その機敏さに少し苦笑しつつ椅子に座り直しながら、こういう小田切くんの純粋な気遣いはこの機関内にあってなかなか貴重なものだと感じる。優しさに嘘がないと言い換えても良いかもしれない。そんな小田切くんの姿を目で追いながら、今となっては随分前の出来事をぼんやりと思い出していた。


「……何、これ」
「土産だよ。お前に」

そう言って神永くんがテーブルに置いたのはアルコールのボトルだった。

「留守番の時の足しにでもしてくれ」
「……ありがとう」

どうせ今日だって飲んでたんだろと笑う神永くんと、口は挟まずともきっと私達のやりとりを聞いている皆への“ありがとう”だった。
只でさえ新しいボトルというのは開けにくいもので、翌日から私と“土産”の睨めっこが始まる。とは言っても毎日一人で留守番していたわけでもないので、結局栓を抜けないまま一週間程が過ぎた日のこと。

「な……」

開いている。“土産”の栓が開いている。八人は既に少し前に街に出ていて、誰が開けようと言い出したのかは定かではないけれども……“土産”とは何だったのか。その言葉に少なからず喜びを感じた私の感動を返してほしい……と思ったのは一瞬で、その後は何故だか無性に可笑しくなって一人でくすくすと笑ってしまった。土産と手渡され嬉しかった自分に、土産と手渡したにも関わらず私に気を遣うこともなく栓を開けたメンバーに。栓が開いているなら、とグラスに注ぎ口に運ぶとさすがのセンスというべきか、やっぱり一人で飲むのには勿体無さすぎる代物だと感じた。

「若宮、……若宮」
「……ん、」

浅く沈めていた意識が名前を呼ばれて引き戻される。顔を上げると声の主は小田切くんで、何故だか少し困った様な顔をしていた。

「いや……止めておいた方が良いかとも思ったんだが」
「何……なんの話……」
「その、ボトルを」
「ボトル……ああ!」

言いづらそうに話す小田切くんはきっと、既に栓の開けられた“土産”を傍らに眠る私を見てへそを曲げたとでも思ったのか──他の機関員がこちらに目もくれずにぞろぞろと食堂に入ってくる一方で、真っ直ぐに私の元にやってきたのだ。

「これ、すごく美味しかった。ありがとう」
「そ、そうか、それならいいんだが……」

私の言葉に目を丸くしている小田切くんは間違いなく栓を開けた犯人ではない、むしろ彼だけは有り得ないと言い切れる。のに、唯一の気遣いをしてくれたのだと思うとまた可笑しかった。

「ねえ、これ誰が開けたの」
「さあ……誰だった、かな」

また困った顔になって視線を逸らす小田切くんだけれど、きっとどれだけ問い詰めても彼の口から真犯人は聞けないだろうと悟ったのだった。


一杯の水を手にこちらに歩いてくる小田切くんを見つめながらさっき見たことがあると思ったのはあの時だったか……なんてくすりと笑う。差し出されたコップを受け取り礼を言うとつい悪戯な気持ちが顔を出す。

「ねえ」
「何だ」
「土産は?」
「今日は何もないぞ」
「嫌」
「おい……」
「冗談よ」

ごめんねと告げるとあの時と同じ少し困った表情になる小田切くんに内心ほくそ笑む。その顔が見たくて仕掛けたの、ごめんね、ありがとうと今度は心の中でひっそりと感謝を伝えた。


 
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