着いたよ、と田崎くんが案内してくれたのはモダンだけれども落ち着いた雰囲気のカフェだった。この時間帯にしては人もまばらで、所謂知る人ぞ知るといえる場所だと直感する。田崎くんが店員に奥の席を指定してそれぞれ椅子に腰掛けた。その時に一度離した手を、席に着くなり田崎くんが再び私の手に重ねてきて引き寄せ、まるで恋人であるかのように錯覚する。

「手は繋いだままがいいかな」
「話しにくいわよ……」
「けどデートなんだろ?」

私は昨日から一言もその単語を発してはいないのだけれど……重ねられた手を払うこともせず目線のみで訴えるも、きっと気付いていながらその手は離れることはない。

「今日の君、すごく綺麗だ」
「今日だけ?」
「今日も、だね。ごめん」

この程度のやり取りならアルコールに頼らずとも勝手に口をついて出てくる。お互い上部だけの言葉で会話するなんてまるで意味はないけれど、それでも急に核心に触れることは憚られた。

「あのね」
「うん」
「本当はね、もう怒ってないから……ごめんね」
「……君が謝ることじゃないのに」

微かに眉を下げる田崎くんの言葉はきっと本心だ。彼自体は機関員の中でも解りにくい方では決してなくて、以前はむしろ話しやすかった。……のに、今は何だかその裏側を変に勘繰ってしまう。こんな自分が嫌なのだ。正直醜いとすら感じる自分のこの感情を全て素直に正面の田崎くんに告げる。そして、いらない感情は全て捨て去りたい、これ以上醜く弱くなりたくないと、だから田崎くんという人をもっと知りたいと打ち明けた。

「……勝手でしょ、結局自分がすっきりしたいだけなのね」
「……君らしいな。けど勝手だなんて思わないよ」

普段話している時は基本的に笑顔を絶やさない田崎くんの真剣な表情に胸が締め付けられるような思いを感じながらも、手を握られてこんな表情で優しく語りかけられたらそりゃあどんな女だってすぐに落ちてしまうだろうと斜め上な思考が過った。

「俺は……嬉しいよ、若宮の素直な言葉が聞けて」
「……きっと田崎くんならそう言ってくれるって分かってたから言えたのよ……勝手な上にずるいのね、私」
「若宮」

重ねられた田崎くんの手に力が込められぎゅっと握り締められる。ああ、やっぱり田崎くんは優しい。

「ねえ、だからね、見せてね?」

断らないと知っていて今このタイミングであなたの目を見つめてお願いするこんな女は卑怯でしょう?けれども卑怯なんてもうその言葉自体がナンセンスな世界でお互い生きているじゃない。
そんな私の考えを見透かすようにじっと見つめ返してただ一言いいよ、と発した田崎くんのその口元には僅かながらの笑みが浮かんでいて、そのどこか挑戦的な表情にぞくりとした。

「……そろそろ出ようか」

店を出てまた腕を絡めて、けれども行きよりももっとぴったりと肌を寄せる。
空には三日月が輝いていて、交わす言葉も行きよりずっと少なかった。

「少し休まない?」

がらんとした夜の広場に灯る外灯の下のベンチに腰掛ける。休もうと提案したものの、お互いに酒は入っているけれど全く酔っていないのは明白だった。

「そういえばねえ、この間神永くんにフラれたの。愛してないって言われたわ」
「そうなの?」
「酷いわよね……私は好きって言ったのに」
「デートの時に他の男とのそんな話をする君だって酷いんじゃないかな」
「じゃあデートじゃなくていいわ……そうね、協議会はどう?」
「固いよ」
「でも私達の今後の在り方を決める大事な場面でしょ?間違ってないもの」

確かにと頷く田崎くんがいつもの柔らかい表情で何となく安心する。これから田崎くんのことを知っていけば、この笑顔の裏側が見えるんだろうか。

「ねえ、俺には言ってくれないの?」
「……神永くんに言ったこと?」
「デートの締め括りに聞きたいな」
「……言わないわ」

だってデートじゃないし、何より今日は満月じゃないもの。空を見上げてそう呟くとじゃあ次は満月の夜にデートをしようとさらりと言ってのける。こんな人のことを本当に理解できるようになるのか些かどころではない疑問が浮かぶけれども、第一回協議会はまあこんなところでしょうと無理矢理自分を納得させた。

「それじゃあ第二回協議会は次の満月の夜ってことでいい?」
「第一回目のデートじゃないの?」
「……もう何だっていいわ」

田崎くんって案外面倒なのねと呟くとけど知りたがっているのは君だろ?と正論を返され何も言えなかった。次の満月は二週間後かと考えて、意外と長いなと感じた自分に心の中で苦笑した。


 
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