完全に油断していた。
突然の衝撃に、思わず顔が歪む。

「いっ……」

その後の声は何とか飲み込んだが、隣にいた福本くんには感付かれてしまったみたいだ。

「大丈夫か?見せてみろ」

有無を言わせず掴まれた私の左手からは真っ赤な血が滲んできている。

「だ、いじょう……」

“大丈夫”そう言おうとした瞬間、別の意味で『大丈夫じゃなく』なった。

ぺろり、と。
たった今ほんの小さな傷を負った私の左手の人差し指は、気が付いたら福本くんに舐められていた。

……うわあ、これは何だか凄いことになった。何が凄いって、今の私達の状況を見つめる機関員の表情だ。
条件反射で、バッとカウンター越しに談笑していた筈の面々に視線を向ける。するとまるで時が止まってしまったかのように、皆一様に目を見開いてこちらを見ていた。
小田切くんはくわえていた煙草が口元で力なく揺れて今にも落ちそうになっているし、頭の後ろに両手を回すお決まりのポーズで椅子に揺られていたらしい羽多野くんは、このままだと椅子ごと後ろにひっくり返ってしまうだろう状況に陥っている。
そうなったら悪いのはやっぱり不注意で怪我してしまった私になるのか──いや──けど更に元を正すならば福本くんの天然のせいだよな……まるでスローモーションのようにゆっくり流れる時の中でそんなことを考えていたら甘利くんと目が合って、その瞬間彼の口からヒュウ、と何を意味するのか良くわからない口笛が漏れたのが、何故だか余計に虚しかった。


「……あの、福本くん」
「痛むか?」
「ううん、大丈夫……あり、がとう」

思わず疑問系になりそうな語尾を何とか下げてお礼を言った。それを察知したのか、ゴホッ、オホン!なんて誤魔化すようなわざとらしい咳払いが耳に入る……神永くん辺りだな。

「絆創膏を取ってくる」

扱っていた包丁をまな板の上に置いて、福本くんは割烹着のまま食堂を出ていった。
その瞬間、残りのメンバーの笑い声が食堂中に響き渡ったのは言うまでもない。


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