よく考えてみれば別に喧嘩をしているわけではない。元々仲が悪かったなんてことはないし、きっとお互い特別悪い感情があるわけでもない。のに、最近どうして彼のことでこんなに心が波立つのかわからない。

「田崎くん待って、待って」
「若宮?どうしたの?」

食堂を出て外に向かおうとする田崎くんに声を掛ける。私の呼び掛けに気付いた田崎くんはすぐに振り返り足を止めた。

「鳩舎でしょ?私も行く」

涼しげな笑みを浮かべる田崎くんに一瞬怯みかけたけれども、彼に対する心のわだかまりをいい加減取り去りたい。

「嬉しいな、若宮から声を掛けて来てくれるなんてさ」
「あのね」
「うん?」

田崎くんの軽口に付き合い始めたら彼のペースに乗せられるのは分かりきっているから、敢えて何も答えずに本題を切り出す。

「一緒に出掛けてほしいの」
「一緒に?若宮と俺と?」
「そう、二人で」
「俺とデートしてくれるの?」
「そ……うん、そうね」

ああ、これだ。こっちはそんな言い方してないのに、言い出したのは私なのに。わざわざ主導権を握るような発言はもはや無意識の行為なんだろうか。

「いいね」
「いい?」
「もちろん。断る理由がないよ」

柔らかく笑う田崎くんが断らないことは分かっていたし、ああでもどうせならばむしろ断ってくれても良かったのに、とにかく自分で提案したものの良くわからない気持ちになる。こういう感情だ、絶対に不要なものだと分かっているからもう消し去って楽になりたい。

「楽しみだな」
「……理由を聞かないの?」
「理由か……若宮を怒らせてしまった俺に償う機会をくれる、とか」
「まあ……じゃあそんなところで」
「君は優しいから」

良くもまあ途切れずそんな台詞を吐けるなとある意味感心する。三好くんとはまた別のタイプの口達者で、人格自体の本質は人たらしの実井くんに近いのかも知れない。

翌日の夜に出ようと決めて、その時はすぐにやってきた。
田崎くんからそろそろ行こうかと促され立ち上がる。帽子を手にした私達に街に出るのか?と声が掛かり、今日は田崎くん借りるからと答えてそそくさと食堂を後にした。出てくる瞬間、視界の端にサスペンダーの彼のニヤリと笑った顔を捉えた気がした。


「若宮の行きたい所に行こう」

外に出てはじめに田崎くんがそう言ってくれるものだから、こちらも素直に想いを伝える。

「今日は田崎くんのことを知りたくて誘ったの」
「俺のこと?良いよ、何が知りたい?」
「何でも、出来るだけたくさん。だから田崎くんが行きたい所に行きたいの」

告げると田崎くんはうん、と少し考える素振りを見せてからそういうことなら、とにこりと微笑む。

「俺が君を連れていきたい所に行こう」

言いながら自然にスッと手を差し出してくる田崎くん。これはきっとジゴロの訓練の成果とかではなく、彼の元にある本質だ。ある意味で実井くん以上に曲者かもしれない。なんて考えてもしょうがないので、差し出された腕に自分のそれを絡めて身を寄せた。

「それじゃあよろしくね」
「こちらこそ」

終始笑顔を崩さない田崎くんと夜の街を歩いていく。見た目より男らしい体つきの田崎くんに身を寄せる安心感と、これから過ごす時間への緊張感がせめぎ合って渦巻く感情に、行く道のりはどこか上の空だった。


 
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