「おい、それ貸せ」

大して重くもない資料を運んでいると、後ろからぶっきらぼうな声が掛かった。振り返るとお決まりのポーズの波多野くんが立っていて、予想外の人物に思わず目が点になる。

「……手伝ってくれるの?」
「いらないならいいけど」

どうすんの、とでも言うように頭に手を回したまま小首を傾げる波多野くん。以前の私ならどうしたかな……と思案しかけたけれども、そもそも以前の私達ならこんな状況にすら絶対になっていない。きっとここは二人の進展を素直に認めるところだ。

「じゃあお願い」
「ん」

段ボールごと全て手渡すと、波多野くんは無言で受け取り歩き出した。何も言わないのねと思いつつその後をついていきながら、お決まりのポーズと並んでもう一つの波多野くんのトレードマーク、サスペンダーの後ろ姿に話し掛ける。

「波多野くん優しくなった」
「優しくなったんじゃなくて話すようになっただけだろ」
「それもそうね……お酒ってすごいわね」
「俺はそこまで飲んでなかったけどな……お前が酔っ払ってただけで」
「その節は大変申し訳ございませんでした……」

少し前を行く波多野くんの背中に、立ち止まって軽く頭を下げた。すると波多野くんもその気配を感じたのか歩みを止めて、顔だけちらりとこちらに向けてふっと軽い笑顔を漏らしていいから行くぞと促す。……この間も思ったけど、波多野くんのこの笑顔すごく良い。面と向かってじっくり話してみて気付いたけれど、彼は元々すごく愛嬌のある顔立ちなのだ。

「けど嬉しい、今までは私に気付いても無視して通り過ぎるだけだったのにね」
「おいおいそれはさすがに語弊があるだろ……俺が声掛ける前に誰かが手伝ってたんだよ」
「そうだっけ……?」
「若宮お前……」

じとっとした波多野くんの目付きも、以前なら内心怯えていたけど今となっては恐れなど微塵もなくむしろ心地よさすら感じる。心の距離が縮まったのをこんなことで実感するとは。

「ふふ」
「何だよ」
「何でもない」
「……変な奴」

ふいっと顔を背けてまた歩き出す波多野くんの、今度は横に並んでみる。

「ところでこれ全然重くないな」
「そうよ、そうとわかってるから声掛けてくれたんじゃないの?本当に重たそうにしてても持ってくれた?」
「……お前良い性格してんな」
「知らなかったの?」
「今知ったよ。三好とよく言い合ってるのも納得だな」
「……さすがにあそこまでは捻てないと思うんだけど」
「いーや、良い勝負だね」
「もう……やめてよ」

言いながら自然と笑顔になっていることに気付く。波多野くんも私と同じ表情になっていて、それだけで何とも言えずくすぐったいような気持ちになる。

「……俺達はさ、合わないのかもなって前に話したけど」
「うん」
「やっぱり合わないよな」
「え、どうして?」
「お前は俺が優しくなったって言ったけどお前は逆だ」
「……というと」
「嫌な奴になった」
「……ひどい!」

事実だろと楽しそうに笑う波多野くんにつられて私も笑ってしまった。嫌な奴なんて言われてどうして笑えるのか不思議だけど、きっと少し前ならそんなことすら言ってもらえなかったからだと思うと改めて波多野くんと話すようになって良かった、素直にそう感じる。

「ねえ」
「ん」
「この間、わざわざ来てくれてありがとう」
「別にいいって。……何、嫌な奴って言われたの気にしてるのか?」

ニヤニヤ覗きこんでくる波多野くんにそんなんじゃないと返せばふーん?と生意気な表情をされた。あ、この顔は他の機関員に向けて良く見せていたあれだ。ついに私にも見せてくれるようになったんだと妙に感慨深くなる。そういえばさっきから会話が途切れないな……なんて考えていると、ところで田崎とは仲直りしたのかと問われたのでわからないと答えた。すると波多野くんはじゃあ次はあいつと二人で飲めばいいじゃんと軽く提案してきたので、仲直り出来てない理由は波多野くんにもちょっとは原因があるんだからと言ってやった。波多野くんは一瞬意味がわからないという表情をしたけれど、すぐに人のせいにするなよと反論してきた。

「でも本当だもの。波多野くん面白がってるでしょ」
「悪いかよ」

ニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべながら開き直られた。性格について波多野くんも人のこと言えないんじゃないかと思うけれど折角仲良くなったんだから言わないでおこう。

「俺達のときはこっちが声掛けてやっただろ、次はお前が頑張れよ」
「……そんなこと言ってやっぱり楽しんでるだけでしょ」

別に良いだろと言う波多野くんはさっきからニヤニヤしっぱなしで、どうして今まで彼のことがわからなかったんだろうとぼんやり考えるけれどもわかるはずもなく。対して波多野くんはあー重い重いと言いながら軽快に歩いていくのだった。


 
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