綺麗な子、というのが最初の印象だった。いつどこから入ってきたのか、その子はうろうろと機関内を歩き回り、いつしか誰もがまたあの子かと自然に受け入れ、気が付けばそれとなく馴染んでいた。


「三好にも嫌いなものがあるんだもんなあ」
「……」

どこか嬉しそうな神永くんの言葉に返事すらしない三好くんは、片肘をついて足を組み煙草の煙を深く吐き出している。明らかな“自分は今不機嫌である”アピールだ。

「三好くん自身は猫っぽいのにね」
「君まで止めてくださいよ……からかわれるのも嫌いなんだ」
「意外と苦手なもの多かったりしてな」
「いい加減にしろよ……それと苦手と嫌いは違うだろ」

煙草を灰皿に押し付け立ち上がった三好くんは食堂を出ていった。怒らせちまったかと呟く神永くんは全く悪いと思っていなさそうな表情で肩を竦めてみせた。

夜になって、一人廊下を歩いていると暗がりの中に光るものがあった。件の迷いこんできた猫の目だとすぐにわかり、ゆっくりと近付く。始めの内こそ逃げられたが、最近では触っても嫌がる素振りを見せなくなった。お互いに慣れたわよねえ、なんて話し掛けながら抱き上げても抜け出そうとせず私の腕に収まる姿に癒される。

「約一名を除いて上手くやってるものね?……あ」

向こう側から段々近付いてくるその人物こそ“約一名”──三好くんだと気付く。向こうも既にこちらには気付いているようで真っ直ぐに歩いてきた。

「よく触れますね」
「私は猫好きだもの。ほら、可愛いでしょ」
「可愛いというのはあくまで主観であって押し付けるものじゃないですよ」
「またそんなこと言って……もしかして怖いの?」
「は……まさか」

顎を引いて目を伏せる様は普段通りの余裕に溢れた彼だけれども、私の腕の中にその弱点かもしれないものがあると思うと自然と強気になる。

「本当に?じゃあ抱いてみてよ」
「嫌です」
「やっぱり怖いんでしょう?」
「しつこいですよ」
「ほら」

猫を抱えている腕ごと三好くんにずい、と差し向けてもさすがと言うべきか特に反応しない。どころか軽く首を振ってはあ、と少し長めの溜め息をつかれた。

「……君がやれと言ったんですよ」

そうよ?と返そうとした瞬間に腕を強く引かれて体が前にのめる感覚と、そのまま何かに抱き留められる感触を同時に感じた。一体何が起きたの……分かったときにはまるで私が猫になったみたいに、三好くんの腕の中にいた。
……数秒間の沈黙。

「……ねえ」
「何です」
「猫……多分苦しいって……」
「苦しいのは猫だけですか?」
「……」
「若宮」
「……」
「……猫なんてもういませんよ」

その言葉を合図にしたみたいに背中と頭に回された三好くんの腕に一層力が込められる。力強く抱き締められて、既に私の腕から飛び降りてどこかに消えた猫を抱いていた隙間の距離が一気になくなってこれ以上ないほどに密着する。

「……三好くん」
「はい?」
「ごめん……はなして」
「……嫌だと言ったら」
「ごめんなさい……」

ふ、と一つ溜め息が聞こえて、ぎゅうっと締めつけられる感覚から開放された。

「若宮」
「ごめん……」

きっと真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、俯いたまま謝り続けた。

「……前にも言いましたけど」

まるで子供に言い聞かせるように、優しく。

「そうやって素直になれるところは良いと思いますよ」

諭すように、俯く私の頬に手を添えて。その手に導かれる様にゆっくりと顔を上げた。近いところに三好くんの綺麗な顔があって、思わず息を飲んだ瞬間に白い指が私の唇に触れた。びくっと小さく肩が揺れた後、今度は嘘みたいに体が動かない。三好くんの顔がだんだん近付いてきて……え、え。

「……そんなに強く噛んだら傷になりそうだ」

自分でも気付かないうちにぎゅっと強く噛み締めていた下唇を、三好くんの指がなぞってそれが離れた瞬間に一気に体の力が抜けた。

「期待しました?」
「……な、にを」
「……僕の口から聞きたい?」

うっすらと笑みを浮かべて覗きこむ様に小さく首を傾げる三好くんに何も言えなくて、ただ心臓だけはばくばくと脈打つのが自分でも恥ずかしいくらいに分かる。

「全く……僕を出し抜こうなんて十年早いですね」

澄ました顔でそれだけ言うと、何事もなかったかのように私の横をすり抜けてカツカツと離れていく。三好くんの足音が聞こえなくなるまで、私はそこから動けなかった。
……三好くんはずるい。けれども今回ずるをしたのは私の方だ、私が悪いのだ。
そしてこれから先ずっと、私が悪くてもそうじゃなくても、きっと三好くんには一生敵わない。


 
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