「あの、もし……すみません」

買い出しの帰りに声を掛けられた。並んで歩いていた実井くんと同時に振り返ると、そこには困ったように笑う老婆が立っていた。


「あのねえ実井くん、私思ってることがあるんだけど」
「ん?何ですか?」

老婆は道に迷っていたらしく、目的地を告げられてすぐにその場所が思い当たった私達はその地点までの道筋を説明した。幸いすぐに理解したらしい老婆は丁寧にお礼を言って告げた道へと歩いて行った。

「実井くんと一緒にいるときって、人に道を聞かれやすい気がする」

老婆と別れて帰り道を進みながら、実は前々から思っていたことを口にした。発した言葉はそのままの意味だ。機関員の誰かと街へ出るとき、実井くんといるときはどういうわけか通行人から声をかけられやすいと感じていた。とは言っても感じていた、という私の主観的感覚ではなく、何なら統計を取ったって構わないほど如実に結果に表れる自信がある。

「そうですか?」
「きっと気のせいじゃないと思うのよね……代わりにって言ったら変だけど、三好くんといるときに声かけられることなんてないもの」
「それ本人に言ったら不機嫌になりますよ、きっと」

くすくすと笑いながらもさっきから否定はしない実井くんはきっと満更でもないんだと思う。
笑うと綺麗に弧を描く瞳の実井くんは所謂童顔で、老若男女大抵の人間は彼に悪い印象を抱かない。その表情に笑みを浮かべていない時だって、物腰の柔らかさに彼本来の鋭さを隠し持っていることに気付けるのは同じレベルの化け物だけだろう。

「実井くんってずるいのよねえ……」
「喧嘩売ってます?」

もしそうなら喜んで買いますよと笑う実井くんが恐い、恐い。

「冗談でも恐いからそれやめてくれない?」
「それとは?特にこれと言ったことはないんだけどなあ」

だからその本心の読めない笑顔のことなんだけれども、きっと本人としては故意と無意識が半々程度なのではないかというのは私の見解だ。

「要は生まれ持ったものよね……」
「ん?所謂才能ってやつですか?」
「そういうことになる……のね、きっと」

私の言葉にくすりと口元だけで笑って見せた実井くんはやっぱり底が見えない。けれどそれ自体が彼の持ち味であり武器だと、今まで幾度となく感じてきていてそれを才能と言われれば成程、簡単に他者に身に付けられるものではないんだと納得せざるを得ない。

「ねえ若宮」
「ん?」
「自分にないものを求めたってしょうがないですよ」

ニコニコと前を向きながら──核心をつかれてドキッとした。

「……そんな風に」
「聞こえましたよ?君って結構分かりやすいですからね」

それは実井くんが鋭いだけだと思いたい……というかもしそうじゃなかったら立場上そんな性質は不利益過ぎる。

「それって駄目じゃない?」
「勿論任務とは別のところの話ですよ。スイッチが入るんですかね」
「……任務スイッチ?」
「はは、良いですねそれ。任務スイッチ」

終始ニコニコしているけれど決して褒められてはいないよなあ……かといって馬鹿にされている気がするわけではないし、この奇妙な感覚こそ正に彼の術中にはまっているというべきなのか。

「……生まれながらの人たらしね」
「何ですって?」
「貴方よ」
「僕、今きみをたらしこむ様なこと言いましたっけ?」
「今じゃなくてずっと」
「……ずっと、長い時間をかけて?」
「そう、周りの人間皆をたらしこんでいくの」
「やだなあ、人聞き悪いですよそれ」
「人聞きは悪くても悪い気はしてないんでしょ」
「さあ」

どうでしょうねと軽快に答える実井くんはやっぱり否定せず。きっと私なんかに何を言われようとも、彼の本当に底の方にある何かを見せてくれることはないんだと思う。……片や実井くんからすれば私は分かりやすいという。こんなにフェアじゃないものなのかと悲しくなった。

「……あはは!」
「な、何?どうしたの」
「いや、若宮……君って本当に分かりやすいですね」
「……」
「君が今何を考えていたか手に取る様に分かるのがね、面白くて」
「……それでそんなに笑う?」
「いや……すみません、つい、ね」

コホンと一つ咳払いをしてからいつもの柔らかい表情と彼特有の雰囲気を纏いつけるようにふふ、と笑ってみせる。
結局何かあっても笑顔を盾にその本心は奥深くにかくまっている実井くんと、真の意味で対等に話すなんてきっと端から無理な話だと……思っているこの思考すらまた読まれかねないのでそれ以上考えることを放棄した。


 
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