瞼が重たい感覚と少しの気だるさに包まれて目が覚めた。それでも時計を見やるともう起きようという気になる時刻だ。着替えて食堂に向かうとそこにはまだ誰もいなくて、しんと静まり返っていた。
結局昨日は波多野くんに付き合ってもらって、おいここで寝るなと怒られたから大人しく自室に戻った……筈。ちゃんと自分の足で歩いた、大丈夫記憶はある。
その結果いつもと変わらないというよりむしろ少し早く起きることになるとは、と、波多野くんが起きてきたら謝った方が良いか……などとぐるぐると考えがまとまらないまま台所に入って、朝食になりそうなものを適当に見繕ってから窓を少し開け、そのすぐ近くの席に座った。
開いた窓から外の風景をぼーっと眺めながらもぐもぐと口を動かしていると、足音が近付いてくるのが聞こえた。聞こえたけれど、視線は動かさず間もなく耳に届くであろう声を待った。

「おはよう。……良かった、いてくれて」
「……おはよう」

食堂に入ってきたのは田崎くんだった。普段ならたまに割烹着姿の福本くんが私より先に台所に立っているくらいなので、台詞から考えてもわざわざ起きてきたであろうことがわかる。もう既にきちんと着替えてはいるけど目元はまだ少し眠たそうな田崎くんは私の前の席に座った。

「昨日は……ごめん。あんなに怒ると思わなかった」
「……何であんなことしたの」
「さあ……自分でもよくわからないな……っと、ごめん」

謝りにきた相手を前に素直すぎるだろう、と思うけどこれで任務になるとしっかり完遂するのだから不思議だ。

「田崎くんって詰めが甘いんじゃない?」
「どういうこと?」
「前にも公園でうっかり手品しちゃって子供たちの注目を集めかけてたりしたじゃない、そういうの」
「ああ、あったね」

他人事みたいに笑っているけどあなたのことですからね、と言いたい。言いたいけれど、柔らかい表情でこちらを見つめている田崎くんになんとなく言葉がつまる。

「……私ね、実は波多野くんのこと少し苦手だったのね……昨日まで」
「波多野?……ああ、そういう雰囲気あったな、皆口には出さないけど」
「そうでしょう?波多野くんってつかみどころがないと思ってたし、向こうも私の態度にはやっぱり気付いてたみたい」
「うん」
「でも昨日結構話してみたらどういう人かっていうのが少しわかったのよ」
「へえ、それは良かった」

いつもと変わらない調子で相槌をうつ田崎くんの言葉にぴくりと反応してしまう。

「……良かったと思う?」
「違うの?」
「……それと、引き換えなのかなってちょっと思ってる」
「引き換え?」
「今はね、田崎くんがよくわからなくなった」
「俺は波多野の代わり?」
「そういうことじゃないんだけど……ごめん、上手く言えない」
「何で若宮が謝るのかわからないな」
「……そうね、私も」
「何だそれ」

ははは、と笑って立ち上がった田崎くんは隣のテーブルから灰皿を持ってきて、またすぐに座り煙草に火を着けた。ふ、と片肘をついて煙を吐く姿からはもう眠気は感じられない。いつもの切れ長で鋭い目付きになった田崎くんに正面から見つめられて、何だかやっぱり落ち着かない。

「若宮」
「……何?」
「俺は俺だよ」

涼しい顔で言い放つ田崎くんに感じるこの気持ちは以前波多野くんに感じていたそれなのだろうか、正直わからない。けど一つ確かなのは、波多野くんにされた質問を今田崎くんにされたら私はきっと答えられないということだ。

『若宮ってさ、俺のこと好きか嫌いか、どっち? 』

あの時の波多野くんの言葉が頭の中で繰り返される。きっと田崎くんはそんなこと言わないのに。

「そういえばさ」

……言わない、よね?

「波多野とは昨日どういう話をしてたの?」

……ニコニコしながら聞いてくる田崎くんに脱力した。というか彼は少しも考えないのだろうか、波多野くんが私に自分の言動を報告していた可能性を。私知ってるのよ、荒れている私を見て心配するふりをしていたって。さあ?嫌なことでもあったんじゃないかな、ってその口が言っていたことを。やっぱり全体的に詰めが甘いんじゃないの。

「絶対に言わない」


 
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