夕食を終えグラスとアルコール瓶を持って窓際の席に陣取った。
今日は全員これから外に出る予定もなく、皆それぞれ食事を取ったり談笑を楽しむ声が聞こえている。
正直今日は良い日ではなかった。特別悪い日だということもないけれど、昼間に田崎くんにからかわれたことがいまだに私の気持ちを落ち着けてはくれない。本当なら自室に籠れば良いのだろうけど、それでは田崎くんに負けた気がする。自分の中途半端なプライドにも腹が立つが、為す術もなくもうこうなったら……とグラスにウイスキーを注いだ。

二時間程飲み続けて、そろそろ顔をあげているのがしんどくなってきた。空いているテーブルを一つ挟んだ席で読書をしている実井くんが程々にしておいた方が良いですよ、と笑った顔が見えたのを最後に机の上に突っ伏した。
荒れてるな、とかお前知ってるかなどの声を喧騒の中耳にする。私のことかと思うけれど起き上がって言い訳する気にもならなかった。
段々と意識が深くなって、他のメンバーの話している内容もただガヤガヤと遠くに聞こえ始めた頃に、すぐ近く……丁度伏せている頭の辺りに何かが置かれる音がした。コト、と鳴ったそれは木製のテーブルに置かれたグラスのそれだ。……一体誰が。

「……酔っぱらいに構ってくれるの」

酔い潰れた私を笑いに来たならナルシストの彼だろうし、あるいは女を放っておけない紳士の可能性も大いにある。なんなら直接昼間のことを謝りにきたというなら聞いてあげないこともない。

「……誰」
「俺。……顔ぐらい上げろよ」

衝撃。を通り越して戦慄。

「……嫌です」

思わず敬語になってしまう。只一人彼だけはどんな理由をつけても候補にすら挙がらない筈だもの。彼──波多野くんとはこの間の任務の時から碌に話していなかった。

「敬語止めろよ……どうしたんだよ今日は」
「……別に何でもないです」
「下手な嘘つくなよ。あと敬語」
「……嘘なんてついてない」

はぁ、と溜め息をつく音が聞こえる。何故だろう波多野くんのそれは他の誰の口から漏れるものより威圧感がある。

「……この間のあの雨の日さ、何かあったかって聞かれて答えただろ、俺達も。別に、何でもないって」
「……」
「そういう時は何かあるだろ」

確かに。まさにその時のことで身をもって経験済みだった。

「……何で来てくれたの」
「他の奴ら何だかんだ皆お前に気遣ってる、けど俺は気遣うも何もないから。どうせ二人になったって会話続かないんだし、俺達」
「ああ……」

そうでしたね、とはやっぱり答える気になれない。
意を決して顔を上げると丁度波多野くんがくい、とグラスを傾けていた。波多野くんと同じテーブルに、それも二人で。当然ながらいまだかつてこんな状況にはなったことがない。
けれどもこれがアルコールの力か、普段の私なら当たり障りのない言葉で乗り切ろうとするかそそくさと移動するかのどちらかぐらいしか思い付かないが、今日の私は空になっている自分のグラスと波多野くんが少し口を付けて置いたグラスに並々とウイスキーを注ぐ。波多野くんはお、だかおい、だか言っているけど気にならない。ウイスキーの瓶をドン、と傍らに据えてさあ、長い夜を始めようか。
……何を言えばいいんだろう。

「……何か面白い話して」

波多野くんに丸投げしてみる。

「面白い話か……そうだな。この前佐久間さんを投げ飛ばしてやった」
「……面白くない」

というか知っている。その瞬間は私も見ていたもの。あの時波多野くんは面白いと感じていたのか……。いつも通り何でもないようにただ投げ、当然だろうと振る舞っていた。とても面白そうには見えなかった。

「……波多野くんってわかりづらい」
「そうか?」
「そうよ」
「……」
「……」
「……」
「ねえ」
「何だよ」
「波多野くんも会話を続ける努力をしてよ……」
「……」
「してよ」
「……わかった」

ほら、やっぱり合わない。
結局こうなるのね、と思いながらも今日の日は間違いなくこれまでで一番波多野くんと言葉を交わした夜になった。話してみると波多野くんは意外と聞き上手で、田崎くんにからかわれてむしゃくしゃした胸の内をすべて打ち明けていた。なんだ田崎のせいか、と一通り聞いてくれた後に、さっき向こうでお前の話になった時はさあ?とかしらばっくれてたぞ、とにやにやしながら教えてくれた。田崎くんめ……と恨めしく思うと同時に、目の前で面白がっている波多野くんの悪戯な表情が私だけに向けられていることに奇妙な感覚を覚えたのだった。


 
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