任務を終えての帰り道、街灯のない道でも不安なんて微塵も感じないほどの明かりが空から降り注いでいる。

「ねえ神永くん、あれやりましょ」
「どれだよ」
「月が綺麗で死んでもいいあれ」

意味を理解した神永くんが空を見上げる。

「まあキレイだけど……急にどうした?」
「だって私神永くんのこと好きだもの」
「……酔ってないか」
「まさか、飲んでないの知ってるくせに」

月明かりの下を神永くんと腕を組んで歩く。そうだったなと笑う神永くんは私が絡めていない方の手で器用に煙草を取り出し吸い始めた。 

「酒に酔ってないならシチュエーションに酔ってるな」
「でもこの方が仲睦まじく見えるでしょ」

言って神永くんの腕に頬を擦り寄せる。状況にもよるがこうやって恋人を装って行動するのはさほど珍しいことではない。むしろ、男所帯の中での私の存在意義と言っても良い。

「あー……“月が綺麗ですね”」
「“死んでもいいわ”」
「……」
「……」
「……捻れよ」
「そっちこそ」

くすくすと笑いながら寄り添い歩く私達はきっと本当の恋人同士の様に見えている筈だ。

「他の奴等にも同じようなこと言って楽しんでるんだろ?」
「人を悪女みたいに……そんなことない」
「どうだか」

ふ、と一つ息を吐く神永くんの横顔が月の光に照らされて美しい。

「あのね、こういう任務は神永くんが一番やりやすいのは本当」
「だからどうしたんだよ今日は」
「んー……わからない」
「月に当てられたか」
「……月にねえ」

その月を見上げてみる。大きくて丸くて白くて眩しくて……全ての神秘を詰め込んだかのようなそれを見つめているからか、思いがけず素直な言葉が漏れる。

「……神永くん優しいでしょ、だからつい甘えちゃうのね」
「優しい?他の奴等もそう変わらないだろ」
「うーん……何て言うか神永くんは丁度良いのね。距離感が」
「丁度良い優しさだから好きって?……素直に喜べないなそれ」
「……そうね、そうだ。ごめんね」
「それでまた謝られてもな……」

自嘲気味に苦笑する神永くんだけど、その本心は少しも傷付いていないことなど分かりきっている。先に私が言ったそれが甘美なものであるはずがないことを彼ははじめから知っているからだ。私達はそんな関係にはなりえないし、それは何も神永くんに限ったことではなく結局のところD機関であるならば、ということでその意義も理由も説明がなされてしまうのだ。

「なんか……悲しいわね」
「お前なあ……自分で言い出したくせに」

帽子に手をかけその角度を少し直しながら悲しいのはこっちだよ、と呟いた神永くんに、でもそう言ったって今更勘違いなんてしないでしょ?と問うとま、お互いなと返ってきた。ほらね、やっぱり神永くんだってわかっているじゃない。結局、うわべだけの会話に意味なんてないのだ。

「けどやっぱりそういうのは好きとは言わないんじゃないのか?」

じゃあ何と言うの。

「愛してないって言うんだろ」

愛してない、か。確かに私は神永くんのことを愛していない。うん、正しい。けれど随分はっきりと言ってくれるじゃないか。

「……そうね、今少しだけ神永くんのこと嫌いになったかも」
「何でだよ」
「やり直しましょう」
「お前って結構面倒な奴だな……」
「ほら早く」

神永くんの腕に力を込めて促す。困った顔をしながらも再び空を見上げて口を開く神永くんはやっぱり優しいと思う。

「……月、見えないな」
「私達……死んだら終わりよね」

答え合わせをするように顔を見合わせた瞬間、同時にぷっと吹き出した。月自体が見えないなんてあんまりじゃないの、と責めるとお前だって急に現実的に答えるなよと呆れられた。その後も二人議論を交わしながら帰路に就く頭上には大きな月が輝いていた。


 
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