自室の鏡と向き合い椅子に座って、任務に向かう前の身支度を整えていた。
任務といえど、いつもより上品なワンピースに袖を通していると気分が上がるのは無理もない。それに今日は──。
「いつになくご機嫌ですね」
カツカツと靴を鳴らして廊下を歩く足音の犯人は三好くんだった。鏡越しに目が合う。
「鼻歌なんて歌って……何かいいことでもありました?」
言いながら勝手に部屋に入ってくる三好くん。この人にはおよそデリカシーというものがないらしい。いつかの甘利くんを見習ってほしいものだ。
「ふふ、秘密」
目元に化粧を施しながら振り返らずに答える。とは言え今日のものは美しく飾り立てる為ではなく、顔の印象を変える仕様で仕上げていく。あくまで任務だ。
「……今日は誰とでしたっけ」
「神永くん」
「そうですか……後で御愁傷様と声をかけておきましょう」
「……どういう意味」
「別に?そのままの意味ですよ」
いちいち嫌みを言わないと気がすまないとはこの人も案外大変なんじゃないだろうか……なんて、きっと余計な心配をしていると、いつの間にか真後ろに立っている三好くんが私の髪を軽く撫でた。
「やってあげます」
「……ありがとう」
櫛でとかすように指を通し、髪の流れを整えてから器用に纏めていく。伏し目がちに作業をこなす姿が絵になるのは、鏡越しでも十分に認識できた。
「……三好くんお化粧すれば女としても通用しそう」
「急に何です」
「別に?そのままの意味よ」
「……そうですか。まあ確かに貴女よりは綺麗になる自信があります」
「……減らず口」
「減らず口も何も言い出したのは貴女でしょう」
「……黙っていればそれなりなのに」
「なのに、なんです?そのうえ口も立つから好きになった、嫁に貰えと言われてもお断りですよ」
「……」
その自信がどこからくるのか本当に疑問だ。
「出来た」
三好くんの指が髪から離れる感覚を受けて、今度は自分の指で髪をなぞりその感触を確認する。さすが三好くん、きっと完璧だ。
「ありがとう」
「素直に感謝できるところは良いんですけどね」
どの口が言うか、と思ったが髪に免じて黙っておいてあげよう。言葉を飲み込んだ唇に赤く紅をさし化粧を終えた。
「どう?」
立ち上がってくるりとその場で回ってみる。
「馬子にも衣装ですね」
「そう。じゃ充分ね」
三好くんからこれ以上ない褒め言葉をいただいたところで、足元に置いてあった箱に手を伸ばし、開封する。
「……それは」
「卸したてよ。どう、似合う?」
箱から取り出したそれを手に取り、頭に軽くのせてみる。
「……その帽子を被っていくんですか?せっかく僕が仕立てたのに」
「だめ?今日はこれって決めてたの。新しいものを身に付ける時って嬉しくなるでしょ?」
「そんなことで浮かれてたんですか……」
「そんなこと……?三好くん、たとえ見た目だけは私より綺麗になれたってやっぱり女心まで理解するのは無理かもね」
「……」
あ、今ムッとしている。いつもポーカーフェイスの三好くん、今もその表情は崩れていない。けれど、いつもこちらが何を言っても更に言葉を返してくる彼が今は珍しく口をつぐんでいる。
私だってわかっている、三好くんがその気になれば外見のみならず中身まで完全に演じきれるであろうことぐらいは。それでも女心、と言った以上ここは女として譲る気はない。
「……ふ」
「な……何」
「いや……下らないなと思って。貴女とこんな風に言い合うのは」
「……寂しいこと言うのね」
「寂しいですか?帽子は慰めてくれませんもんね」
……早くもいつもの調子に戻っている。三好節だ。
「あまりにも下らないのでもういいです。僕が大人になってあげましょう」
先手を打って調子の良いように子供役を押し付けられたみたいだ。
「どうぞ、いってらっしゃい」
でもその前に、と私の両肩に手を置き、今一度鏡の前に座らされる。軽くのせていただけの帽子をきちんと被らされた。
「完璧ですね」
私の顔の横から鏡を覗き込む表情はいつもの彼そのもの。結局三好くんは自分の手で仕上げたのだという満足感を得たいだけなんじゃないだろうか。
「……ありがとう」
今日何度目かのありがとうはどうも腑に落ちなかったが、私もここは少しぐらいは落ち着いた対応をしてあげよう。
構いませんよと相変わらず言葉遣いだけは礼儀正しい彼はただし、と続ける。
「ただし、次に僕と組むときは今日より綺麗な貴女でお願いしますね」
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