今日はどうしてもってワガママを言って、火神っちを外へ連れ出した。いつもよりは素直についてきてくれた火神っちにちょっと気分をよくして「今日は素直っスね」と笑ったら、「お前が素直だからな」って返された。そんなに機嫌よく見えたかな。なんかちょっと気に食わない。
いつか一緒にと思っていたオシャレなカフェに火神っちを案内して、モデル仲間の先輩から教わったんだけどと思いつつ得意げにドアを開ける直前、おかしそうに笑う火神っちの声が聞こえた。背伸びしてんなよ、って、そういうこと言うからオトメゴコロが分かってないんだって言われんだ、バカガミめ。
入ってすぐ、いつももてなしてくれる店長さんがオレを見つけて挨拶してくれた。今日は特別だからっていうと、すぐ奥の個室を空けてくれる。芸能人がよく来るこのカフェは、そういう場所に良くありがちにサインや色紙が壁に並んでいるけれど、いくつかある奥の個室はそういう飾りはひとつもない。静かにすごしたいという芸能人はそれこそたくさんいるから、こういう店が好まれるんだろうと思った。
ごゆっくり、ありがとっス、なんていう言葉を交わして去っていった店長を見送ったら、それまで黙っていた火神っちがふうん、と楽しそうに呟いた。
「結構きれいなとこだな」
「でしょ。朝と夜に仕事があるときなんかに、昼間はここ来るんスよ」
「へえ。誰と?」
こちらお先にと店長が置いていったスナックに手を伸ばした状態で、ぱちくりと目を丸くさせながら火神っちを見た。アンタ今何言った?
「別に…大体ひとりっスけど」
「あ、そ」
「ええ〜何それ」
「うっせえ」
返答に文句があったわけじゃなくて、火神っちもそういうこと言うんだってことと、それから不意打ちとかムカつくことをしてくれやがったことに文句があってうなっただけだったんだけど、火神っちは何だか機嫌が悪くなったような振りをしてそっぽを向いた。何それかわいい。火神のくせに。
不本意な恥ずかしさで俯きそうになったところで、店長がお待たせしましたといって入ってきた。店長ナイスタイミング。オレこれからもここ通うっス。
店長は引っ張ってきたかわいらしいワゴンからお皿を順番にテーブルに乗せて、ひとつひとつを説明してくれた。今日のオススメは南瓜のパイとシナモンティで、「黄瀬くんのお墨付きがもらえたら、今度からレギュラー化しようと思って」という嬉しいお言葉ももらってしまった。オレが甘いものスキだってよく言ってるからだ。
じゃあまた、とお辞儀をして店長が去っていくのを見てから視線を戻したら、火神っちは物珍しそうな顔でパイをしげしげと見つめていた。
「…なんでそんな見てんスか」
「え、や、別に。小さいのに細けーなって思って」
「ああ」
店長が器用にデザインするケーキやパイは結構有名で、パティシエ関係の雑誌にもよく紹介されている。小さいパイをじっくり見てる火神っちがなんだかおかしくて、バレないようにテーブルの下でセットした携帯を構えてぱちりと撮った。ちょうど良く首を傾げてる火神っちがかわいい。
「ちょ、お前何撮ってんだ」
「パイ撮ってたっスけど?」
「絶対それだけじゃねえだろ」
「ああうん、火神っちもちょっと入ったかも。気にすんなよ、後で待ち受けにしとくだけだし」
「てめっ、」
「いただきまーす」
今にも噛み付きそうな顔をした火神っちを無視してパイを一口かじる。ほんのり甘くて皮はさくさく、やっぱりここの店長のケーキは美味しい。食べないんスか? とわざとらしく聞いてやったら、てめぇ後で絶対殴ると物騒なことを言われた。ふうん、今日は結構長く一緒にいてくれるつもりなわけだ。言質はとった。覚えてろ。
パイをさくさく噛みながら、シナモンティに添えられていたシナモンの枝を手に取った。近づいてみるといい匂いがする。テーブルの真ん中にはバラの形の角砂糖、ふと以前聞いたことのある歌を思い出して、ちょうどテーブルがガラス製だったのも相まってそこにこつりと枝をたててみた。なんだか楽しい。同じことをしたら火神っちはどんな顔をするだろう。
思ったことは即実行、カップに薄くついていた水の粒を枝に吸わせて、ガラスにちいさく火神っちの名前を書いた。フルネームを書くほど水がなかったから、苗字だけ三回。
火神火神火神。字面がなんだか荘厳だ。
「…何してんだ?」
「火神っちの名前書いてみました」
「さっきっから言動が意味不明なんだけど」
「失礼な。これはただのオマジナイっスよ」
「おまじない?」
「知らない? 火神っち」
パンプキンパイ、から始まる一節を歌ってみせる。愛が叶えられると歌うそれは、少し昔のフォークソングだ。火神っちは当然知らないだろう。知ってたらオレが恥ずかしい。何でかはよく分からないけど。
オレの歌を聞きながらぱくりとパイに食いついた火神っちは、またふうんと呟いた。今度はもう少し興味がありそうな感じだったけど、それっきりまたパイに集中し始める。何だか気に入らなくて「…それだけスか」と拗ねたみたいに文句をいったら、火神っちはなんでもないようにオレを見て。
「叶ってる愛を追っかけようとか、無駄なことしてんなと思って」
これ美味いなっていってる火神っちの目の前、ぐうの音もでないオレは、腹いせに苛立ちをごまかすようにしてさっき書いたラブレターの文字をぐしゃぐしゃにしてやった。
Sweet love.
(だからアンタが好きなんだよ!)
はっぴー火黄でい!