風呂上がりに髪を乾かさなくても風邪をひく心配はないが体感温度はやや低め、そんな曖昧な一日を終えてドサリとベッドへ沈みこむ。
お供しますといわんばかりの疲労を連れて、ああ今しもオレは夢の国へ、布団最高と目を閉じたその時、アラーム代わりに手に握りしめたままだった携帯が軽快なテンポを奏でだした。起き上がる気力もないオレは沈みこんだそのままでボタンを押す。耳元から叩きこむような低音ボイス、一言で曰く『今すぐ来い。』
ああ願わくば緑間よ、その前後にちょっとでもデレがあったなら。





それでも体が反応してしまうのは悲しいかな普段の行いによるもので、まあ八割がたは惚れた溺れたの類いであっても結論はなにも変わらない。ほとんどとばしかけていた意識を無理矢理引き戻して上着と靴をつっかけ、チャリではそう遠くないが走れば近くはないその距離を全力でダッシュした。
家の前まで来てみれば電気は全て落とされており、通りの家々も大体が寝静まっている。オレはというと風呂上がりの癖に汗だくで、ああちくしょうと無意識に悪態をついた。この呼び出しをした相手にではなく、上着なんつーもんを着てきた自分に対してだ。

ひとまず着きましたよの合図に携帯を一度鳴らしてきった。落ち着くためのため息と一緒にフクロウがひと鳴きして、程なく目の前の扉の鍵がかちりと回る音がする。汗が乾き始めてちょっと肌寒い。

「…ん?」そのまま待つこと暫し、一向に開けられる気配のない扉に首をかしげた。これはそういうことなのかと数秒考えて、引くタイプの縦長のノブに手をかけた。かちゃり、音をたてないように扉を開いて、瞬間周囲を確認してから中にすべりこむ。
少し上から覆われるように抱きしめられて、心中はやや複雑なこの状況を今は何もいわずに許容した。


「…入って来るのが遅いのだよ」

「ゴメン。ちょっと分かんなかった」

「バカめ」

「ゴメンって」


小さく笑いながらずるずると座り込む。ご両親の寝室は2階の奥だから心配はないけれど、でかい声はさすがに響くだろう。
どうしたなんて野暮なことは聞かない。オレにとっては緑間に呼ばれたということ、それに応えてオレがここに来たこと、それが全てだ。耳元ではあ、とはかれたため息に少しだけ肌が粟立った。ごまかすつもりで抱きしめる力を強めたら、緑間からもぎゅっと抱きつかれた。


「あーあったか」

「…オマエは汗くさいな」

「家から全力で走ってきたオレにそのご褒美はどうだろうね、緑間」

「高尾のくせに」

「そうだよオマエの高尾くんだよ」


ちょっとはデレろよ女王様。お返しに耳元で囁いて、ついでとばかりにぺろりと舐める。「っ、」息をのむ音。なんか緑間、いい匂いすんな。


「緑間も風呂上り?」

「入ったのは随分前、…というか何をしてるのだよオマエはっ」

「あいて。いーじゃん減るもんじゃなし、けちけちすんない」

「減るのだよ。主にオマエへの好感度とかが」

「えっ何それ、思ったよりあんの?」

「…前言撤回だ、黙れバカ尾」


ごちっと横頭に同じものがぶつけられた。こんなことは日常茶飯もいいところなのでハイハイと流して、未だあがらないその深緑に手をさしいれる。よしよしと撫でると気持ちよさそうに懐かれた。あーあ、なんだもうこのかわいい生き物。

玄関のたたきに座り込んで抱き合って、傍から見ればおかしな光景だ。でもオレは、オレの背中に回る腕と、それからぎゅっと絡み合う手のひらのぬくもりで、心は大変満たされている。緑間もそうならいいのに。

緑間が今ここにいて、息をすってはいて、それでオレの腕のなかにいる。それってすご
く幸せで、おは朝的にいうなら今日はとてもラッキーな一日でしょうってことだ。急に呼び出されてもワガママを言われても、それならもうどうだっていいよな。

時計がかちりと昨日の終わりを告げて、またオマエといる一日が始まる。


「好きだよ真ちゃん。愛してる」




All my love.
(そばにいるって、いわせてよ。)
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