雨が上がった翌日、じっとりと水分を含んだ空気にうんざりしながら袖口で汗を拭った。こんな日に体育とかアホじゃねーのとつい言いたくなるのを堪えて、手に持っているラケットでボールをつく。今日の種目はテニスだった。正直めんどくさい。
しゃがみこんで鷹の目で周りを見たら、女子はきゃーきゃーいってるし男子はアホみたいに白熱してるしで余計に暑くなった。「たーかお! 次入るー?」「お断りします」誰が入るかアホ共。
普段なら走り回ることも厭わないオレだが、たまにはこういうときもある。なんでかなあと考えてみたら、そういえば今日は部活以降真ちゃんの顔を見ていないことを思い出した。今は5限だ。昼休みはオレが委員会だったから会えなくて、なるほどこれは真ちゃん切れだと納得した。事態は深刻である。
思わず校舎のほうを見て、真ちゃんがいそうな窓を探してしまった。真ちゃんは窓際の席だから、もしかしたら見えるかもしれないと思って。そんなラッキーすぎることはないだろうけど。
「高尾? 何見てんの」
「窓を見ています」
「窓…深窓の令嬢でも探してるのか」
「あながち間違いじゃねぇな」
よく話をするクラスメイトが隣に座り込む。ふうんと呟いたそいつはすぐにコートに視線を戻して、思い切り空振りをしたクラスメイトをからかいだした。元気なやつ。
授業中なのを忘れて目当ての窓をじっと見た。徐々にピントを合わせるようにして見ていたら、窓際後ろからふたつめの席に、ぴんと姿勢よく座っているふかみどりが見えた。真ちゃんだ。
まっすぐに前を見て真剣に授業を聞いて、時折下を見ながらノートを書く。絵に描いたような優等生。真ちゃん偉いなあ。そう思ったら、不意に口元に手をあてたのが見えた。ふあ、とこみ上げるあくびをかみ殺している。…眠そうだね真ちゃんかわいいよ。
「かーわいいなぁ」
「えっ何どうした高尾! ていうかどの子?」
「お前には教えねえよ去れ」
「なになにどした」
「すずきぃーたかおがカワイイ子ひとりじめするぅー」
「林がウザいからじゃねえの?」
「さすが近藤、よくわかってる」
「お前らオニか!」
ぞろぞろと集まってくるクラスメイト共を適当にあしらって、もう一度窓に目を向けた。とはいっても、露骨に見ればまたこいつらが騒ぎそうだったので、視線だけは他の窓に向いている。
真ちゃんはまだ前を見ていた。こっちを見る予定は全くないからまだっていうのはおかしいかもしれないけど、この全力片思いのような状況はなんだか面白くない。真ちゃんに好き好きいってあしらわれるのとは話が違う。真ちゃんがオレに気づいていないっていうそれだけで、もうなんていうか逃げたくなるくらい、なんか泣きそう。
「…思いっきり叫んだら届くかな」
「…どうした高尾。えっもしかして恋わずらい?」
「なんだよ水くせえな! 恋バナのひとつやふたつこのオレ様が聞いて」
「ごめんね林くん、さすがにフラれて3日目の君に相談する恋バナはひとつもないの」
「ちくしょうイケメンサッカー部なんて全員爆発しろー!」
叫ぶクラスメイトにコートの中からボールをぶち当てたサッカー部のやつがいて、てんやわんやになりながらもゲームは続行されていた。転がってきたボールをバスケのボールみたいについても、オレのなかに厳然と広がる真ちゃん不足の湖はカラッカラだ。もう少ししたらひび割れちゃうかも。
今度はまっすぐに真ちゃんを見た。深緑の髪が陽にあたってきらりと光る。
今すぐオマエに触れたいと伝える術をオレは知らなくて、それがなんだか、ひどくもどかしかった。
こっち向いてハニー!
(今すぐ大声で伝えたい!)