ベッドの上で、壁に寄りかかりながら本を読んでいた。
その下では高尾の後ろ頭がなにやら熱心にものを書き付けていて、時折機嫌よく鼻唄をうたっている。その声は嫌いではない。外はすっかり闇に覆われている。

一瞬向けた意識をまた本に向けた。読みなれた文章を目で追いながら、そういえばこの気に入りの本を読むのはこいつがオレの部屋に来たときだけだな、とふと思った。
特に意味はないだろうが、気づくと気になってしまう。ぱたり、本を閉じた。


「しーんちゃん」

「…重い」


本の背表紙から顔を上げたら、いつの間に接近したのかそこに楽しそうな高尾の顔があった。許可もなくのしのしと近寄ってきて、伸ばした方の足の上にどさりとのしかかってくる。重い。


「本読み終わったんなら構ってよ」

「…オマエこそ、書き物は終わったのか」

「書き物? ああ、あれ日記」

「日記か。今時珍しいな」

「真ちゃんオレと交換日記する? オトモダチからお願いしますってやつ」

「今更友達からやり直すなど面倒なのだよ」

「ふはっ、だよなー」


のしかかったままの上目遣いでくすくすと笑う。機嫌がいいときの高尾は、こうして目を細めて笑うことが多い。部活中などは笑い上戸なせいで下品な笑い方をすることが多いが、それもまあコイツが楽しいならなんでもいいかといつも思わせられる。惚れた弱みだといわれれば反論の余地はないけれど。それも悪くはない。

真ちゃん、囁きながら手を伸ばしてきたその指に触れる。一瞬だけ絡めてそれを交わした指がまっすぐ伸びてきて、抵抗もなにもないオレの眼前から眼鏡を外してさらっていった。視界がぼやける。


「真ちゃんの眼鏡ー。似合う?」

「…見えないのだよ」

「あ、そっか。どの辺まで行けば見える?」

「近づいてみれば分かる」


そういうと、目の前の塊が起き上がる気配がした。よいしょ、とオレの足に負担をかけないようにして手をついて、ずいっと近くまで顔が寄る。
突然視界に転がり込んだガラス越しの瞳は、その目尻をほんのりと紅に染めながらきらきらと光を反射していた。


「どう?」

「まだだな」

「もうちょい?」

「ああ。もう少し」

「うん」


鼻先から鼻先まで20センチ、近づくために視線をベッドに落とした隙を見て、思い切り引き寄せてキスをする。構ってもらえるのが嬉しいのか、分かりきっていたといわんばかりにそれに応える少しちいさな手のひらに心が揺れる。
きれいな瞳がガラス越しなせいでひどく遠く感じて、キスの合間に傷つけないようにして眼鏡を取り払った。高尾がまた嬉しそうに笑う。


「真ちゃん手つきがえろいよ」

「…気のせいなのだよ」

「真ちゃんのえっちー」


吐息の混じる距離でけらけらと笑う、その体を反転させて押し倒す。
折角本を読もうと思っていたのに予定外だと呟けば、高尾は見透かしたような目でうそつき、と目を細めた。




ボレロ
(甘く甘くどこまでも)
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