※大学生辺りで同棲してる感じの話





シャワーから流れる水の音を聞きながら、同居人が仕事用に使っている本棚を何とはなしに眺めた。
雑誌やら対談本やらが並ぶなか、一冊の写真集に手を伸ばす。背表紙からして涼しめというか爽やかというか、オレからしてみれば白々しいといったところ。
ぺらり、めくる。


「…ん?」

「かーがーみー」

「あ? なんだよ」

「タオルがないー」

「…入る前に確認しろっていっつもいってんだろ!」

「だってもう入って出ちゃったっスもん」

「出てくんな!」


本に気をとられている間に止まったらしいシャワーは今は沈黙していた。代わりに騒々しい男がぶーたれた声でオレを呼ぶ。
何回いっても聞きゃあしねえ空っぽの頭、手近にあったタオルの山から一枚拾って、廊下に出てた茶髪の顔面にブチ投げた。


「うべっ」

「出てくんなっつったろ。風邪引く」

「…優しくするならもっと素直にやってほしいっス…」


でもあんがと、そういってひっこんだのを見てからまた手元に目を落とした。

それは海辺であったりどこかの街中であったり、ごく普通のスナップ写真がほとんどだった。パーカーやらタンクトップやら、帯に書かれた『休日のひととき。』というのがコンセプトらしい。カメラの前に立つことに慣れているからかはわからないが、ファッション誌ではない場でのこいつは案外自然体で写っているように見えた。


「なーに見てんスか」


引き出しから適当にひっぱりだしました、みたいなシャツとハーフパンツのまま、黄瀬がにやにやと笑いながらリビングに入ってきた。
出会った時からオレに興味津々だったこの空っぽ頭は、オレがこいつにちょっとでも興味を向けると憎たらしい顔でにやにやと笑う。照れ隠しなのか馬鹿にしてるのかは、状況による、らしい。なんだそりゃ。


「つーかくっつくなよ。あちぃ」

「オレはくっつきたいんス」

「風呂上りにべたべたすんな。あとちゃんと髪乾かせ」

「えー」


めんどくさーい、とかその辺の女子高生のように語尾を延ばすやつが人気モデルでいいのだろうか。日本は大丈夫か。とりあえずしなだれかかるというにはだらけまくりのアホを一発ぶっ叩いて、オレの見ているページを覗き込むのに邪魔にならないように水滴を拭ってやった。なんでオレがこんな気遣ってんだ。

自分の写真集のくせに他人事のように時折ふうん、と頷きながら黄瀬がページを捲っていくのを後ろから見ていた。夏から秋にかけての時期に発行されたらしいそれに、普段見ているのとなんら変わりない黄瀬がくるくると楽しそうに表情を変える。ちょっとしたムービーのようだと思った。構える方も被写体もプロ。確かに涼しげだ。

そのなかに一枚、『For you, with you.』と少しオシャレな文字で書かれた写真があった。あ、これ、楽しそうに黄瀬が笑う。


「これだけ、カメラマンさんから指定もらったやつだったんスよ」

「へえ。なんて」

「『ダイスキな人に、一緒にデートしよって感じで手出してみて』」


人が伸ばした足の上に完全に乗っかって足をバタつかせる。小さくも華奢でもねえんだから自重しろ重い。思ってもいわない文句が増えたのはやはりここ数年のことで、楽しそうの次は嬉しそうにページを指でなぞる黄瀬を見ていた。


「それ、もしかしなくてもオレじゃないわけな」

「何いってんスか。目の前にアンタがいないのに、んなことやってもしょうがねぇじゃん」


だろうよと笑って、乾いた頭をタオルごしにぽん、とたたく。
写真の黄瀬は照れくささと嬉しさを隠し切れない表情をして、片手はポケットにいれたまま右手をこちらに差し出していた。ファンサービスとして撮られたであろうそれは、その時も今もたったひとりに向けられている。
そういうかたちの愛があっても、それはそれで構わない。黄瀬がオレの隣にいることは事実で、その黄瀬はオレのことが大好きらしいので。ただひとつ、その笑顔がとてもきれいだと思った。


「…まあ、でも、こんときはまだ若かったんスよねえ」

「なんだよいきなり、ジジくせーな」

「現役大学生モデルにじじいはねぇだろ!」

「あーはいはい」


落とすぞ、とついでのようにいえば、黄瀬はぶーぶーいいながらも体を起こす。「ちょっとコンビニ行ってくる」腕を回しながらいうと、黄瀬は「あ、オレも!」とすぐさま表情を和らげて立ち上がった。


「何買い行くんスか?」

「牛乳と氷」

「…なんか明日でもよくね? それ」

「空気読めよ、現役大学生モデル」

「は? …あ、あー!」


めんどくさくなって適当にいってやったら、こともあろうにぶはっとふきだされて爆笑された。あははは! 腹まで抱えて珍しく本気で笑っているらしい。どうしよう、今ものすごくブン殴りたい。

黄瀬はひとしきり笑った後、オレの堪忍袋の緒が限界値を突破する直前に器用に笑いをひっこめた。それでもにやける口元が憎らしい。
写真のなかとは全く違う、人を小馬鹿にするような、それでいて少しの照れと、たくさんの「スキ」がこぼれてあふれてしまいそうな表情で。


「火神、オレとデートしてよ」


出された手は、表情と同じ顔をして、オレの着ているシャツをしわくちゃにした。




指先のルツ
(Shall we dance?)
(…なんてな)

配布元:White lie
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -