だむ、とボールをついた。
誰もいない体育館の真ん中で、もうずっと、夜の帳が降りるまでそうしていた。夏が終わったとはいえ、最終下校時刻にはまだ夕暮れが残る。今はもう、星が瞬くだけだ。
投げるわけでも落とすわけでもなく、時折思い出したようにボールをつく。それなりに町中とはいえ、海常の周囲は夜になるととても静かになる。今も何の音もしない。ただ秋の訪れを歓迎しようと鳴く鈴虫や、暗闇のなかをこうもりが飛んでいくだけだった。身動きをしたときのバッシュの音が一番、耳に痛く、強く響く。
あれは雨の日だった。
悪いことというのはなぜ雨の日に限って起こるのだろう。理由も分からず――というにはいささか子供じみた言い訳だけれど、それでもオレは理解が出来なかった。きっと今も。
『黄瀬くん』
彼しか見えていなかった、のだろうか。それでもオレはそこに在りたかったし、彼にそばにいて欲しかった。許されるのなら、オレが彼のそばにいたかった。それだけだといえばそれだけなのだが、それが重かったといわれればオレに反論できる余地はない。
そばにいることがどれほどつらいことなのかを知った、今では。
『ボクは――』
ダム、望んでもいないのに蘇る声を遮るように、またボールを床に叩きつけた。
あの空色はちいさく、困ったように首をかしげた。ボクは。その後のことはよく覚えていない。結局のところオレに残ったのは、真剣にバスケをやることを放棄したオレの憧れと、それから空色をうしなったあの場所だけだった。
オレの想いは無駄だったのだろうか。彼は影だった。オレはあのときも光になれず、ただ彼によって最高に輝く光に目を奪われるばかりで。羨ましくないといったら嘘になるけれど、光と影の合わさる姿はとてもきれいだと思った。だから好きになった。オレもいつか、あの影に寄り添えるくらいの光になれればと思った。
無駄だった、というよりは、無謀だった、というべきだろうか。所詮黄と黒は混じり合えない。黄色と空色ならもっと。そんなことにすらこんなにも心が痛んだ。
『黄瀬くん』
「――黄瀬」
頭のなかの彼の声にかぶさるようにして、あまく低い声がオレの鼓膜を叩いた。ずるずると座り込む気配。ゆっくりと、振り向く。燃えるようなあかいろを見た。
「か――が、み」
「お前、っは、なんで、まだここ、いんだよ」
「…なんでって、アンタこそ」
「っあ゛ー…お前のあのセンパイからさ、オレにメール来た」
「…なんて」
「うるせーよ」
あーもうすっげぇ走った、と着ているタンクトップすら脱いでしまいそうな勢いで汗を拭う。あれ、あのタンクトップ見たことある。室内用っていってたのに、アンタ結構ぬけてんだ。
「帰るぞ。黄瀬」
アンタ怒ってんじゃねぇのっていったら、当たり前だろって返された。帰ったらまたお説教か。ため息は、出なかった。
伸ばされた手に触れる。
触れた場所から、鮮やかな橙が広がっていった。
淡く滲む。
(オレが選んだ、この場所で)