黄瀬の部屋で、見たことのない表紙の雑誌を発見した。
オレは別に雑誌収集家でもなんでもないから、見たことのないっていうのはそういう意味じゃない。そのちょっと奇抜な色合いの見慣れない雑誌には、黄瀬涼太という見慣れた名前が印字してあった。
黄瀬は「自慢っス!」とかなんとかいいながら自分の載った雑誌を毎回オレに見せていたから、仕事でもらった雑誌は全部見たことあるんだと思っていた。今この瞬間まで。
そりゃまあ仕事の関係上、オレに見せたくない写真ってのも存在するだろうとは思った。そこにあるのは純粋な好奇心だ。最近お茶の間を賑やかせているらしい芸人がにこやかに誘う表紙をめくる。目次に適当に目を通して、へえ、ともう一枚めくった。
「っあー!火神っち何見てんスか!!」
「ああ?」
「それ!」
…ところで、お茶のお代わりを取りに行っていた部屋の主が帰還した。オレが読んでいた雑誌を目ざとく見つけてわめきだす。
ちっ、めんどくせぇ。
「火神っち今舌打ちしたっしょ」
「うっせーな。なんだよ」
「なんだよはこっちの台詞っス! それ隠しといたのになんで持ってんスか!」
「あ、やっぱ隠してたのか。分かりやすすぎだったけど」
「人んちにあるもん勝手に触んなー!」
没収! といいながら伸ばされた手をひらりとかわすと、今度はかわすなー! と唸りだした。どっちかにしろ。
黄瀬の意地でも見られたくないような態度を見ると、こちらとしては意地でも見てやるくらいの気持ちになってくる。ぎゃーぎゃーうるさい犬を片手と足で押さえつけてページをめくっていった。
やたらとギラギラして目に悪いデザインが続いて、特集ページとやらに出たあたりでオレの手がぴたりととまる。一段とキラッキラなそのページ。
「…………ぶっ」
「っ…!見たっスね!見たっスね!!」
「あはははは!!なんだこれっ…!!ぶはっ」
「かがみの最悪野郎ー!!」
そのページの見出しは、『イケメンモデルのキュートな一面!?』という如何にもティーンに受けそうな一文だった。内容はというと、これまたティーンに人気のイケメンモデルたちがプロの手によってキュートな女の子になる!というもの。要するに女装特集だ。
見開きで始まるその特集の一番目立つところ、『爽やかクールがきゅる甘ラブリー☆』なんていう意味不明なアオリと一緒に、今オレのすぐ横で悶えてる男が載っていた。ふんわりと広がるスカートにピンクのストールでフルメイク。欲目抜きでも元がいいといわれるこいつだが、印象はかなり強烈だった。
なんだこれ、もう別人じゃねえか。
「生足ってすっげえな…!!」
「アンタ笑いすぎ!つかどこ見てんだマジしね!」
「メイク担当もいい仕事してんなーははは」
「いい加減返せ…!!」
オレに押さえつけられながらも手を伸ばす金茶、そろそろだろうとその指が届く距離に雑誌を寄せてやると、瞬きの間にむしりとるようにして雑誌を奪っていった。
涙目の茶色は直ぐ様逃げ出して距離を保ち、切れ長のそれで野生の獣かってくらいの威嚇をしてくる。予想よりも激しい反応(というか拒絶?)に少し首をかしげたオレは、黄瀬に向かってぽつりとアホな呟きを投げた。
「…そんなに見られたくなかったのかよ」
「当然っス! だ、誰がこんな女装とか…!」
「だってカワイーじゃん、普通に」
確かに笑ったオレも悪かったけど、ほんとはそんなに悪いもんにも見えなかった。普段はいけすかねえ笑みか恥ずかしいくらいでろでろな笑顔しか見せないくせに、その雑誌に載っていたのはその名にそぐう涼しげな笑い方だったから。
綺麗だと思ったけど、それよりも素直にふーんカワイーじゃん、と思った。モデルはさすがに元がちげぇなと思った。オレとしてはそんくらいだ。
あんまりにも睨んでくるものだから正直にそういったら、黄瀬はぶすっとした表情のまま、はああと大きくため息をついていった。
「…カワイーじゃダメなんスもん」
「そうなのか?」
「だってさあ、火神っち」
雑誌は手を離してどこか横に置いたらしい。
拗ねた唇、膝を抱えてゆらゆら揺れる、気まぐれな声に耳をすます。
「アンタの前では、かっこよくいたいっスよ」
オレだってオトコノコなんスもん。だからカワイーじゃダメなの。
分かったかよとでも言いたげな目に脱力した。
くっだらね、と笑いとばすのは簡単だけれど、どうやらオレは存外こいつに惚れこんでいるらしい。
ちょいちょいと指先で呼んで、のそりと近寄ってきた頭をがしがし撫でた。拗ねたままの唇は可愛いが、切れ長の瞳はイケメンと称されるそれに相応しい。
ため息混じりにどっちだっていいよといったオレの真意は、きっとこいつには伝わらなかっただろう。
足しても引いても
(結局のところ、お前なら。)