見慣れたベッドの上にごろりと寝転がって、お茶でも淹れてくると先ほど台所へ向かった背中を思い出していた。
今日の真ちゃんは朝からゴキゲンとフキゲンの狭間みたいな微妙な状態で、いやまあそれを普通っていうんじゃねえのといわれるとオレにも説明がつきにくいのだけども、とにかく不安定というか、平たくいうと落ち着きがねえというか。
ともかくもそんな感じだった。
「高尾」
「んあ?」
「緑茶とほうじ茶、どっちがいい」
「んー…ほうじ茶」
「分かった」
普段は何もいわずに緑茶が出てくる真ちゃん家ルールだが、真ちゃんはお茶ならほうじ茶の方がスキだということを知っている。真ちゃんの変な好みのせいでそれを知るのには少し時間がかかったけれど(だって真ちゃん普段はおしるこばっかだし)。
返事をしてちょっとしてから、小さめの盆に湯飲みをふたつのせて真ちゃんが戻ってきた。のそのそと起き上がる。オレが広げておいた折りたためるテーブルの上に無言で湯飲みが置かれたのを見て、いただきますといってから口をつけた。
同じように湯飲みを持って、ベッドに背中をつけて座った真ちゃんをこっそりと見る。真ちゃんはオレが上の方をつまんでかろうじて持っている湯飲みを、テーピングしているとはいえがっつりと持っていた。脳内真ちゃん情報を更新。真ちゃんは指の皮が厚い、と。
お得感のあまりない新情報と、落ち着いたところなのに何も口を開かない真ちゃんを頭の中でぐるりと一周させた。お茶を一口こくりと飲んで、緑間家はやっぱりいい葉っぱ使ってますねえと呟きのようにいってみる。反応なし。えーと。
「…真ちゃん?」
「なんだ」
「えーと…オレは今日、どうしてここに呼ばれたんでしょう、みたいなあたりが気になるんですけど」
「………」
そんな微妙な状態であった真ちゃんに、泊まりに来ないかと誘われたのは本当に唐突だった。
部活が終わってもなんだかそわそわ…というか最早イライラ? 状態になっていた真ちゃんを横目に、どうしたもんかねぇとやや上の空で着替えをしていたオレだったが、バッシュを脱いで床に座ったところで隣にぺたんと座る影があった。言わずもがな真ちゃんだ。
何が起きるんだと半ばびくついていたオレを一瞥もしないまま、真ちゃんは目と目の間に思い切りしわを作って、オレに「今日泊まりに来ないか(要約)」と呟いた。
「ええと、真ちゃんがオレを誘ってくれたのはすげえ嬉しいし、ぶっちゃけ明日休みだからどうやって真ちゃんをあの手この手でオレの部屋に…じゃなかったオレの家に来てもらおうかなとかちょっとは思ってたというかごめん嘘ついた全力で思ってたし、あと真ちゃんの部屋来るのもめちゃくちゃうきうきわくてかしちゃうタイプだけど、えーと何が言いたいかっていうと特にないんだけどどうしても気になるっていうか」
「高尾」
「うぉえっとハイ!」
真ちゃんがあんまりにも黙りっぱなしなので考えるままにつらつらと喋っていたら、思わぬタイミングで真ちゃんに呼ばれて声が裏返った。なんだオレ、なに緊張してんだ。
勢いよく真ちゃんの方を振り向いたら、その勢いに真ちゃんが少しびっくりしていた。あ、その顔もかわいい。好きだよ真ちゃん。今いったらツンどころじゃなくツンで返されそうだからいわないけど。
今はもう微妙どころでもなんでもなく不機嫌丸出しな真ちゃんを、これまたびびり丸出しで迎え撃つオレ。おおお。半笑いのまま、口を開く真ちゃんを見つめる。
「…オマエは、用事がなければオレの家に来ないのか」
てんてんてん、まる。
沈黙。
「…は?」
「……二度は言わん」
「あ、うん聞こえた聞こえた。オレ結構耳良いしこの部屋今ちょう静かだしね、じゃなくてね!」
思わず聞き返したオレのアホ発言にそっぽを向いてしまった真ちゃん。ごまかすみたいにメガネを直す、その耳がうっすらと赤くなっている。ええーなにこのかわいい生き物。
伝染したかのようにかーっと熱くなった顔、口元を押さえたままのオレの脳内で今の真ちゃんの発言がリフレインする。ついでに今日の真ちゃんの態度。もしかして、っていうかもしかしなくても、予測不可能なデレ期ってやつ。結論はどうやったってひとつしかない。
要するにさあ、真ちゃん、それってただ単にオレに傍にいてほしかったって、そういうこと。
ぎゅうっと膝を抱え込んだ。あっちでも言わなきゃよかったみたいなオーラがガンガンに出てる。なにこの甘ったるい空気。ついでに頭も抱えたい。
それでもふたりして延々ともじもじしていてもおさまらないと、ベッドの上をなんとか這って、真ちゃんに手を伸ばしてティーシャツをつかんだ。ゆっくりかつじとりと睨まれる。しょうがねえじゃん、どっちかっていえば原因はオマエなんだから。
「真ちゃん」
「何、…なの、だよ」
「いーから黙ってろって」
「なにが、っ、」
当然メガネは邪魔になるので取り上げてから、睨んできた目元にキスをひとつ。ベッドの上から床に座っている真ちゃんにキスをするのはちょっと一苦労だったけど、考えるのは後ででいいやと思考を投げながら声をふさぐついでに押し倒した。
何度も何度も真ちゃんに触れて離れて、頬や額にも唇を落とす。スキがあふれて完全にキャパオーバー。オレのシャツをつまんでいた真ちゃんの手をとって、指を絡めてぎゅっと握った。傷つけないように力をこめる。ずるずると下がって真ちゃんの胸のあたりに額をつけて、ああもう、ため息を飲み込んで目を閉じた。
「…真ちゃん」
「…なんだ」
「真ちゃんがスキすぎてオレしにそう」
「……それ、は」
「うん」
「………」
ぎゅっと握り返された。ためてためて小さく。オマエがいないと困るのだよ。心臓の音に重なって、オレに響く声がする。その声も手のひらも何もかも、好きで好きでたまらないのに。もうマジで、今日一日悩んだオレの時間返せよ、ばか真ちゃん。
押し倒したまんまでキスをして、覚悟しろよって囁いた。
オマエごときが調子にのるなって笑った真ちゃんは、甘くて優しい、あめ玉みたいな味がした。
マジックキャンディ
(もっともっと食べさせて!)