「うげ」


靴をひっかけて昇降口を出たら、目の前でぱらぱらと降っている水の粒に気づいてしまった。見上げれば薄灰色の空。毎日天気予報を見るタイプではないから、当然傘など持っていない。


「マジかよ…。聞いてねぇ」


未だ降り始めなのだろう弱さだったが、西の方角の空は今の空よりももっと黒に近い。要するに、雨は更に酷くなるということだ。今日はなぜかいつもの女王様にチャリを使うなと言われたのでそのまま帰っても問題はなかった。問題はひとつ、オレが濡れ鼠になるってこと。ほんっとついてねえ。

げんなりして強行突破する気にもならず、そのまま引き返して靴下のまま階段の一番下に座り込んだ。「あ゛ー…」思わずぼやく。今日は先輩たちが委員会だということで部活は自主練のみになっていた。自分で決めたシューティングとパス練をこなして、あとは家で筋トレでもしていようと思っていたのに。


ぶう、自分でも分かりやすく機嫌が悪くなっているのが分かる。雨ってなんでこんなついてねえ感激しいんだろ。傘立てに立てられた傘はそう多くもなく、やはり部活後には濡れて帰るやつらが大勢出るだろう。誰かがいればそれも楽しいが、ひとりではつまらない。みじめなばっかりだ。

空をちらりと見上げたら、黒い影がどんどん濃くなっていた。やはり先ほどムリをしてでも帰るべきだっただろうが。「あーちくしょう」悪態をついたところで、オレのだだっ広い視界に、色鮮やかな緑色が転がり込んだ。


「わーぉ! 真ちゃん!」

「…高尾。何をしているのだよ」

「それはこっちのセリフっしょ。真ちゃんさっきまで自主練してなかった?」

「早めに切り上げた。オマエこそ早かっただろう」

「オレもちょっとな。ていうか雨降られちって、ぶっちゃけ帰れねーの」


上から降りて来た真ちゃんを背中越しに見上げる。いつも通りきっちりとテープを巻いた左手がメガネをくいっとあげて、その奥にある淡い色の瞳がすい、と細められた。


「真ちゃん今日もかわいいなあ」

「…思考を矯正する必要があるな」

「アレ、今口に出てた? 和成うっかり」

「白々しい」

「あいたっ」


持っていたらしい紙パックを投げつけられた。ちょうど角がいい具合に頭に刺さる。こういうときも百発百中、さすがはオレの真ちゃん。でもちょっと愛が痛い。

オレの頭に跳ね返ったそれを拾って、下駄箱の横にあるゴミ箱に投げ入れる。ナイスシュート。ストローは燃えないゴミなのだよとかいう真ちゃんの声など無視である。つーか分別したいならオレに投げんなよ。そういうとこがかわいいんだけど。


「じゃあ、真ちゃんお疲れ」

「? オマエは帰らないのか?」

「傘ないんだって。もうちょい雨宿りしてく」


傘立てから傘を引き抜いた真ちゃんに、もう一度座り直してひらりと手を振る。ぱちりと瞬きをしてきょとんとした顔になったのがかわいくて吹き出すのを我慢してたら、真ちゃんは持っている傘をちらりと見て一度大きく息を吸った。


「…高尾」

「うん?」

「その、…オレの傘でも、雨宿りはできるのだよ」

「…………うん?」

「だ、だから…その」


斜め下に視線をやったまましどろもどろに言葉を継ぐ。うっすら赤くなっている目元から目が離せない。びっくりしたオレがそのまま黙っていたら、だから、と真ちゃんは思い切ったようにオレを睨んで口を開いた。


「オレの代わりに傘を差させてやるといっているのだよ!」


そのままものすごい勢いで踵を返して行ってしまいそうになる。ちょっと待ってよ真ちゃん、オレそんな突然デレられてもどうしたらいいか分かんない。胸のうちに溢れるのは真ちゃんへの想いばっかり、優しい嬉しい楽しい大好き、ねえ真ちゃん。

真ちゃんを逃がさないように駆け寄って腕をつかんで、そこから傘を取り上げてすぐに差す。真ちゃんが濡れちゃったら困るから。っていうのは建前で、オレはそのまま真ちゃんと手をつないだ。


「っ、高尾…離せ」

「…校門まで。ね、お願い真ちゃん」


ぎゅうっと握る。真ちゃんは顔中に恥ずかしいからヤメロって書いてるけど、多分今はオレの顔の方が赤いに決まってる。心臓だってめちゃくちゃ早い。でもそんなんに構ってらんなくて。

オレより少し背の高い恋人は、ふてくされたように勝手にしろと呟いて、きれいなきれいな指でオレの手のひらをきゅう、と握り返した。




どうしようない
(真ちゃんもっとくっついてよ)
(むしろ離れるのだよ。近い)
(えー、だってこの傘ちっちぇんだもーん)
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