今日はすっごくいい日だった。
朝はバッチリすっきりした目覚めだったし、偶然見たおは朝の占いは2位だった。曰く、今日は穏やかな一日を送れるでしょう。うん、悪くない。
上機嫌で家を出れば、普段はなかなか会えないアメショのユズちゃんが出迎えてくれた。足にすりよってきたのをひと撫で、行ってらっしゃいの鳴き声に行ってくるっス! なんて手を振って。
電車の乗り継ぎも上手くいって、いつもはギリギリの朝練にゆっくりと着替える時間ができるくらい余裕でついた。笠松センパイも、明日は雷雨かってちょっとびっくりしてた。
ふふん。
授業中もあてられたとはいえオレにも解る問題だったし、昼休みは好きなパンをラスイチでゲットできた。屋上にあがれば貸し切り状態、抜けるような青空に乾杯して食べた昼飯は一段と美味だった。
そのあともセンパイたちが来て、朝早く来られたご褒美だってアイスをおごってくれた。センパイの肩パンも今日はなんだか優しい気がした。
オレがあんまりご機嫌なものだから放課後の練習ではかなりシゴかれたけど、今日は一言も文句をいわなかった。むしろ楽しくって仕方がない。体もいつもより軽く感じた。今ならアンタなんか屁でもないっスよ!
…という内容を、電話口の相手が出た瞬間に怒濤のように話しまくった。
途中どっかで何かいわれた気がするけど、まあ耳に入んなかったんだから関係ないよな。
『………』
「…アレ? 火神っち聞いてた?」
『ああ、おう。今ので最後な』
「あ、うん、そっス!」
いいたいことをいいきってさっぱりした耳に、低めのあったかい声が聞こえる。
風呂をあがったばかりで濡れた髪をタオルで拭きながら、あ、と思い出してそんでさあ、と言葉を次いだ。「まだあんのかよ」っていう火神っちの苦笑。
いいじゃん、今日はアンタにたくさん聞いてほしいんだから。
「ウチ帰って来たらさ、今日の晩飯ハンバーグだったんスよ。母親が見つけたっつってオレの好きなスポドリもあったし、父親もオレの雑誌見たみたいで、ぶきよーに褒めてくれちゃったりしてさ。ついでにごひいきのチームも快勝」
『前半はともかく最後のは余計だ、ばか』
そういえば今日の相手は火神っちのごひいきだった。
「たまにはいいじゃん。見逃してよ」
『まあ、んな気にしてねぇけど。…それで?』
「ん?」
『なんで電話してきたんだよ』
しめった髪がぱらぱらと散らばるようになってきた。頭を振ってこれでいっかと寝転がる。シーツがひんやりと冷たい。
耳元でオレの返事を待つ気配は、なにもしないでこの沈黙を埋めているらしかった。物音はなにもない。どうして、いわれた言葉に答えはひとつだった。いつもなら「用事がなくちゃ電話しちゃいけねーんスか」とかかわいくないことをぶーたれたままいってしまいそうだったけど、今日のオレはちょっと違うのだ。
穏やかな一日を送れるでしょう。メガネの友人が信じる占いを、今日のオレは信じたい。
「…アンタの声が聞きたかったんだよ」
見えないと分かっていても、あいてる腕で視界を覆ってないといえなかった。恥ずかしい。ちくしょう。
でもいいたかったことをいえた嬉しさが大きくて、それにかなりムカつきながらもなんかいえよばか、と無言でまた悪態をついた。
電話口の向こうで火神っちがわらう。
『よかったな、涼太』
蕩けるような声だった。アンタばかじゃないのほんと心底、よぎった言葉は全部すぐに消えていってしまう。蕩けそうなのはオレの方だ。だってアンタ、オレべつにそんなさあ…そんな、さあ。
でも、なあ、うん。
「…あんがと」
悪くない始まりだった一日の終わりは、最高の気分で更けていった。
拝啓、ダイアリー
(眠くなるまで、今度はアンタが話してよ)