ぼろっとひとつ、瞳から想いがこぼれる。
おや、と気づいた瞬間にはもう、自分の意識ではとめられないほどの雫が次々とあふれだしていた。ず、ぐす、と鼻をすすりながらも袖で涙を拭ったけれど、それらがとまる気配は微塵も感じない。
どうしましょうこれはこまりました、声に出さずにつぶやいてみたら、薄い膜でおおわれた不透明な世界の向こう、呆然とした顔で僕を見る金色が見えた。む、むく、ろ?かろうじて耳が声を拾う。ぱち、彼が瞬きをひとつ。
「えええちょっ、何むくろどうした!!?」
「ふ、う、っ、〜〜〜!」
わたわたと慌てて転びかけながら、ディーノが目の前に座り込んだ。近くに適当なものはないかと周囲を見、考えた末に長いシャツの袖で僕の顔を拭う。傷つけないようにかそっとあてられる袖の向こう、あたたかい彼の体温にようやく触れて。
「ど、どうしてっ、」
「うん、なに、骸」
「ぼくが、っ、いるのに、」
「う、うん」
「どうして、しごとなんか、してるんですか、このばかうまぁ!」
「……あ」
ばふっと勢いよく、力の限りクッションを投げつける。ぶへ、とそれを顔面で受け止めたディーノ、そんなものを僕が気づかう余裕があるわけもない。
「いっしょにいたって、こんなの、あ、あんまりです!!」
ディーノがやっと僕を見てくれた、そんな些細なことだけで、僕のなかの何もかもが爆発してしまった。クッションがぶつかったせいでかけていた眼鏡がずれたようで、けれども彼は文句も叱責もないままそれを外して僕を見る。困りきった顔だった。ざまあみろ、そんなことをいってやろうかと思ったほどの。
「…ごめん、骸」
「…なにが、ですか」
「放っておこうって、思ったわけじゃないんだ」
「知って、ます。お仕事、だった、んでしょう」
「…でも、お前を放ってまですることじゃなかった」
ごめんな、と心底申し訳なさそうに、いつものへたれ顔で僕の頭をそうっとなでる。最低でも数時間放置されっぱなしだった僕には全然物足りない程度の愛撫だったけれど、鼻はつまってるし声もうまく出せない状態だったので甘んじてそれを受ける。温かくて大きい手。
「…きょう、」
「うん」
「はじめて、です。あなたが僕に、触ったの」
「え」
「…やっぱり」
言葉の裏、暗に数時間も触れさせなかった、触れてくれなかったことへの不満をもらす。普段ならわがままも言いたくないし彼を困らせたくないと、そう思って抱え込む感情のひとつだった。
「…ごめん。」
「謝罪はもう、結構です、よ」
「でも、…ほんとにごめん。お前に触ったら、後に戻れないと思って」
「…え?」
「だって、」
ぱち、と瞬きをした僕の瞳のした、跡を残してくだっていった心の名残を指が拭った。頬をすり寄せるように手のひらのぬくもりを感受し、首を傾げてその先を促す。ハの字に下がった眉が、今日は一層まぬけに見えた。
「…骸が、しばらくいてくれると思って。嬉しすぎて浮かれてたんだ。だから、俺、途中で呼び出されないようにって、そう思って」
「…ディーノ」
「でも、それでお前にさびしい思いさせてたら、そんなの意味ないよな。ごめん」
「……もう、大丈夫ですから、」
ぎゅうっと抱きしめられる。彼の肩に顔をうめて、クッションを包むだけだった腕に、今度は至上の役割をひとつ。この世で唯一の、太陽をつなぎとめる。
「今度は僕を、構ってください?」
腕をめいっぱい伸ばしてにっこりと笑う。安心したようにため息をひとつ、それからそこに、ひまわりみたいな笑顔が戻る。腰に回された手、触れた熱、望んだもの全てが与えられて。
ごめんな、あいしてる、その言葉全てに。
僕を灯す、熱が宿る。
エンドロールに恋文を
(もっともっとあいをください!)