波の音だった。

海という言葉を知る前から、僕は波の音を知っていた。海に囲まれたこの国に生まれ、けれどその姿を見ずに過ごした幾年もの月日。



僕はあの日見た風景を、きっとずっと忘れない。













鳥の鳴き声を聞いたような気がして、僕はぽつりと足を止めた。

煉瓦造りの壁に手をあてながら、胸元にしまいこんだ袋をそっと握る。日はまだ高い。
ちらりと周囲を見渡して、人影がないことを確認してから裏路地へと入り込む。土埃が舞った。懐かしいような臭いがして、それに少しだけ目を細めてみた。

裏路地は周囲の壁が高く、見回しても街の周りにそびえる山々しか見ることができなかった。方角を見失いやすい。ただ喧騒から離れたことに息をつく。さあ、と風がぬけて、どこからか甘い匂いがした。

路地をまっすぐに進む。とはいえ国柄、道なりに行くことをまっすぐとはいわないことを知っていた。時折聞こえる鳥の声や、がさりと姿を現す猫たちに気付かれないようそろそろと、けれど確かに足は進んでいく。足は自らを守るものではなく、自らを運ぶものなのだ。どこかからの引用のように囁いた。

そのうちに、ふと見慣れたような景色に転がりこんだ印象を強烈に感じた。足元でかつりと石が呟く。ふるふると頭を振ってみたら、その印象はやってきた時と同じように強烈に、真っ白に霧散していった。それは多分どこかの時代で、僕ではない僕が焦がれた場所だったのだろう。僕はただひたすらに、どこかも分からないあの場所を目指していく。


草に足を切られ、石につまづきながらも前を見た。縛られたなにか、見えないそれを引きちぎる。ただ前へ。あの場所を目指して。

ざあ、風が舞い上がる。
かすかなまでの潮の香り。



僕は辿り着く。

光に目を細める。






それはきっと永遠にも似た、あまりにも美しい場所だった。








を閉じた先
(光という名の、奇跡。)
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