ぱたぱたとキーボードを叩く音が部屋に響く。時折あーとかうーとか唸る声がそれにまじるけれど、雑音という点ではどちらも変わらない。


(…つまらない)


抱きこんだクマのぬいぐるみをぎゅうっと腕でしめつける。ぱふ、とそこに顔を埋めてはみるが、聴覚的な環境はなにも変化を見せなかった。彼の瞳を当然のように遮るガラス一枚すら忌々しい。


「…つまりません」

「んー?」

「まだですかーぁ」

「んー」

「聞いてないでしょう」

「んー」

「はねうまー」

「んー」


画面から目を離さないまま、おざなりな返事をしてくるディーノをねめつける。忙しい中、彼の部屋でいいなら逢えるというからわざわざ(スーツから着替えてまで!)来てやったのだ。
それなのに、この男ときたら僕がこの部屋を訪れるやいなやこういった。曰く、『緊急な案件が入ったからちょっと待っててくれ』。
なんという横暴。なんという自己中。その上、放っておかれてイライラとしながらも、踵を返してここを去るほどの強靭な意志を持てない自分にも腹がたった。


「ディーノー」

「うん」

「殴っていいですか」

「うん」

「…わぉ。今の録音しておくべきでしたね」

「うん」

「…………」


大きくため息をついて、ソファに勢いよく寄りかかった。彼が座っているすぐ横の足下、それでも彼自身に寄りかかれるほどの勇気はない。…今はただ、彼に触れるのがこわかった。


(久しぶり、なのに)


楽しみにしていた。電話ごしには散々いやだふざけるな何様だと口にしておきながら、呼び出されれば(実質)ふたつ返事で応えてしまう。つまりはそういうことだ。彼が思うよりもずっと、僕は彼に逢いたいと思っていた。


(…きっとディーノはそうじゃないんです)


僕よりも仕事が大事なの、なんて馬鹿なことをいうつもりはない。いちファミリーのボス、その職務より男の愛人が大切などといったら、笑い事以外のなにものにもならないだろう。そんなことは分かりきっていた。


(でも、こんなのひどい)


目の前にいるのに、彼はこちらを見てくれない。彼と話せない。触れられない。
抱きしめてひとつキスをして、そんな願いすら叶わなかったことにないてしまいそうだった。

ちらりとまた彼を見る。普段からは想像できない『仕事用』の顔、今の彼の心中にあるのは目の前の仕事ただそれだけ。僕の姿など、視界に入っているかどうかすら疑わしい。


(…帰ってしまいましょうか)


苛立ちを露にして、彼がいくらとめようとそれを振りきって、一言も発しないままこの部屋を後にする。それはまるで名案のように思われた。…だが、それはやはり無理なことだった。彼に一瞬でも止められてしまったら、僕はきっともう動けなくなる。彼のそばにいてしまう。最も望んでいることなのにも関わらず、自らの思考に胸が締め付けられてずきずきと痛んだ。


(…不毛な関係だ…)


今の僕はただの置物だった。そこにあるだけの存在、けれども、認識されている分まだ置物の方がましな気がした。彼らは考えない。悲しみもしない。彼に相手にされなくたって構わない。




…僕もそんな風に、何も思わずにいられたら。






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