「ねえ黒子っち」
「なんですか?」
「好きなのをやめるのって、どうしたらいいんスかね」
手持ち無沙汰にハンドリングをしながら呟いたオレに、黒子っちは少しだけ不思議そうな顔をした。当たり前だ、元同級とはいえ違う学校のやつがわざわざやってきてまでいう相談とは思えない。
それでもオレはどうしても、もっというと黒子っちに聞いてみたくて、ふらりと足の向くままにここにやってきた。黒子っちを公園に誘って、持っていたボールを交互にシュートする合間に何気なく。ねえ黒子っち。
「…それは、黄瀬くん自身の話ですか?」
「え? …あー…それって必要スか」
「いえ。ただ、ボクが軽々しく受けられる相談なのかどうかを知りたくて」
「…うん。そう、オレの話」
ハンドリングをやめて、一度ついてからシュートする。緑間っちみたいに綺麗にはいかないけど、ボールはそれなりの軌跡を描いてリングを通過した。地面を跳ねて転がってきたボールをそのまま黒子っちに投げ返す。黒子っちは少し考えるそぶりをして、何もいわないままゴールに向き直った。先を促されるような沈黙に、オレはぽつりと話し出す。
「…オレ、今、なんか気になってるヤツがいて」
頭のなかで話をまとめながら喋るのは苦手だ。特に黒子っちには、戸惑いもためらいも全部見透かされるから尚更。黒子っちが投げたボールはリングに跳ね返って、空色の頭がそれを拾うためにオレの視界から消える。
「それで、…なんつーか、あんまり不毛だから、…なんかもう嫌なんス。好きでいるのをやめたくて」
「はい」
「…黒子っちなら分かるかなって思った。ごめんねっス、こんな変な話して」
パスを出す素振りをしたのを手のひらだけで断って、変にならない程度に距離をとってからその場に腰をおろした。制服のしわとかどうでもいい。
黒子っちは行き場のなくなったボールをひとつ撫でて、それからもう一度ゴールを見た。ボールをついて、シュートする。今度はちゃんと輪っかを通過した。落ちたそれを拾って戻ってくる。黒子っちは、ほんとに、バスケが好きだ。
「…なんていえばいいのか分かりませんが」
「…うん」
「ボクは、好きでいるのがつらかったことはありません」
「え、」
「ボクがあの頃つらかったのは、バスケが好きだったからじゃありません。バスケを好きでいることで、結果的にボク自身がバスケを嫌いになったからです」
そういって、黒子っちはボールを手放した。黒子っちの手を離れたそいつは風もないのにころころと転がって、ゴールにこつりとあたって止まる。黒子っちはオレを見ない。首をかしげてみてもやはり沈黙が続くので、オレは考えながら口を開いた。
「…あの頃も、バスケが好きだった?」
「…好き、でしたよ。そうでなきゃ、今もやってるなんてあり得ないです」
「………どうして、そう思えたんスか」
かすれた声で、黒子っちを見た。空色の目がゆっくりとオレをうつして、それから少しだけ困った風に笑った。
「ボク自身が、好きでいいんだと思えたからです」
今度はオレが黒子っちを見た。情けない顔をしてる自覚はある。なんだかなあ。オレはいつも、黒子っちに教わらなきゃなにも決められないのか。
「…だから、好きでいても、いいんじゃないですか」
あきれるような口調で、それでもその言葉を大事そうにいう。黒子っちが乗り越えた壁を、オレなんかがこえられるだろうか。
見込み以前に、オレにはこれ以上駒を進める気なんてない。だから、これ以上距離が縮むことはあり得ない。傍にいられればいいと思った。時折会って、話して、バスケでもして、一緒に笑いあえたらそれでいい。それでいいと、思ってもいいんだろうか。…それでいいんだと、答えをもらえた気になっても、いいだろうか。
「…黒子っち」
「はい」
「……ありがと」
へにゃりと笑ったら、黒子っちも優しい表情で、よかったですねと笑ってくれた。
きっと、ずっと
(アンタを好きな自分を)
(ちょっとだけ、好きになれた。)