居酒屋を出て、呼んでいたタクシーにふたりで乗り込んだ。先に後部座席に押し込んだ東堂は夜道の冷気に少しだけ覚醒したようで、頭を押さえたまますまんね巻ちゃんと苦笑気味に言う。慣れてますから、と冗談半分で返せば、いつもお世話になります、と頭を下げられた。ふきだすのをこらえながら運転手に行先を告げる。タクシーは緩やかに走り出した。
「楽しかったか、巻ちゃん」
「あァ。結構ずっと喋ってた」
「ならよかった。たまにはオレ以外とも話さんといかんよ」
「仕事じゃ喋ってるっショ」
「腹を割って、という意味だ」
「おめぇには割ってるって?」
「出会ったばかりの頃からな」
自信過剰だなと思いながらも、もしかしたらそうだったかもしれないと思わせる何かが東堂の言葉にはあった。それを盲目というのかもしれないし、ただの思い込みなのかもしれない。酔いで曖昧になる思考の中、巻島はひんやりとする窓の温度を感じていた。
「……最後の方、隼人と荒北と何を話してたんだ?」
思わぬ質問に視線をやれば、少しだけ唇をとがらせた東堂の横顔が目に入った。窓の外を眺めている風に見せているが、耳の先に酔いとは違う色が滲んでいる。わざとらしい拗ね方に、ほんとこいつ酒が入ると甘えたになる、と巻島はこらえきれない笑みを口の端に浮かべた。運転手に見えない角度で東堂の手を握る。驚く様子もないのが残念だったが、今度はかるく唇を噛んでいたので、予想通りの反応に巻島の気分は上昇する。
手をつないだまま、窓から東堂の肩に頭の位置をうつした。同じように寄りかかってくる熱を感じて、こうして同じ場所に帰れる幸福を思う。
「内緒っつったら、どうする?」
意地が悪いとは分かっていながらも、巻島はささやく声量で息をはいた。反射のように東堂の手にぎゅっと力が入る。
「……なら、体の方に直接聞こう」
静寂にとけてしまいそうな声だった。窓の外を見ていた視線がまっすぐに巻島を射抜く。夜更けの色に獰猛ともいえそうな感情がにじんで、知らず巻島は身を震わせた。絡んだ指が手のひらをたどる感触すらもどかしいほどの。
帰路すら煩わしくなるほどの熱でこれからの夜を思う。玄関の扉をくぐってすぐにこいつをつかまえて、引き倒して、さっきとは比べ物にならないくらい近くで、ただ一言、おまえのことだよと教えてやろう。そうしたらきっと、東堂は陽だまりのように笑うだろう。たくさんある東堂の好きなところのうち、いっとう好きな笑顔を思って、巻島はゆったりと目を閉じた。
タクシーは夜道を駆けて行く。望んだ未来は、今、この手の中にあった。