「好きだよ、黒子っち」
何回いっても、足りないくらいに。
バン、バン、大きな体育館にボールが跳ねる音が響く。監督が見ているレギュラー以外は汗だくになるほどスパルタされているけれど、こちら側(通称『キセキの世代』、__くだらない呼称だ)は比較的無理なくやっている。…まあ、個人個人でやってることが違うからなんだけど。
「はー、つっかれた」
自分で決めた本数のダッシュを終えて、俺はタオルをつかみながら床にへたりこんだ。火がついたみたいな体の熱、したたる汗に風が心地よい。
ぐでっとベンチにへばりついていたら、ふと、チームメイトである黒子っちが隣に座っていたのに気がついた。うわ、まさかこんな近距離で気づけないほどバテてたなんて!軽くショックだ。頭がいたい。
「お疲れ様です、黄瀬くん。お水いりますか」
「も、もらうっス。ありがと」
いえ、ボトルを俺に手渡した黒子っちが、楽しそうにちょっとだけわらう。綺麗な空色とその横顔に視線が奪われて、俺はついぽかんと彼を見てしまった。…傾けたペットボトルから、当然の如く水がこぼれる。
「うわつめたっ!!」
「…何してるんですか」
「えっ、いやあの、…ついうっかりっス」
俺あほすぎる、想い人の前で失態を重ねるわけにはいかないと、俺は未だ疲労の残る体を思いきって持ち上げた。水をあおって蓋を閉め、黒子っちに渡しながらにこり、笑って。
「俺ちょっと、裏で水浴びしてくるっスね」
「はい。分かりました」
「よろしく」
行ってらっしゃいという彼は、俺の目の錯覚とか気のせいとかじゃなく、すごく、綺麗だった。
「…俺ってびょーきなのかなー…」
ばちゃばちゃと頭に直に水をぶっかけ、練習と黒子っちのせいで熱の集まったそこを冷やす。冷やしすぎて痛くなってきてたけど、物足りない気がして水の出を強くした。耳鳴りがする。
あーあ、ため息と一緒にこの気持ちも全部なくなっちゃえばいいのに!なんちゃって。ちょっとだけ苦笑した。黒子っちが好きだっていう気持ちは、きっと墓まで持ってくんだろう。報われない俺。
「…でも好きなんだ」
「誰がですか?」
「そりゃ黒子っちのこと、………って黒子っちぃいい!?」
「?はい。ボクですけど」
遅いので様子を見に来てしまいました、そう首をかしげる黒子っち。差し出されたタオルを反射で受け取り、とりあえずぼたぼたとたれる雫で見苦しい顔をざっと拭く。髪からしたたるのは肩でぬぐって、ええと、と話しかけた。
「…聞いてたり、した?」
「はい」
「…そうっスよねえ」
困りきって、視線をそらす。
黒子っちは自分のユニフォームの裾をちょっといじって、それから黄瀬くん、と俺を呼んだ。
「もし、もし君が、ボクのことを本当に好きだというなら、」
「っ、…う、ん」
「君の言葉が、君の想いの分だけ積み重なったとき。ボクはそれに応えましょう」
「…え」
それって、言いかけた唇に、細くてつめたい指があたる。上目遣いの空色、楽しそうな光。嬉しそうな笑み。
じゃあボク行きますねと踵を返した、その背中に向かって。
「黒子っち、だいすきっス!!」
そして今日も、俺は彼への愛を語る。
未完成な千の言葉。
(そう、例えば千以上並べたって)
(この想いには、全然足りない!)