「……そこまで言うなら、一度抱かせてくれんかね」

押しつけられた右肩の、左の手のひらが熱くにじむ。常にはまるで虹色のような輝きを見せる薄群青は、今はただ鋭利に揺れていた。片側だけがつりあがった口元。挑発している、のだろう。おそらくは。乗ってやることが、こいつのためになるのだろう。それを知っていた。知っていたからこそ、眉をひそめてその目を睨んだ。

「何血迷ったこと言ってんだヨ。どけ」
「ならんよ巻ちゃん、それだけは」
「こんなことしたって意味なんかないっショ」
「っ、なぜ、巻ちゃんにそんなことが分かる!!」

ぎり、骨がきしむほど握られた手は、それでもオレ自身を傷つけたくはないと抗っている。離せヨ、東堂。淡々とした声で、口調で、切り捨てるように、繰り返す。

「オレは、絶対に、おまえなんか好きにならない」

群青に薄く光が灯る。枕元の照明がうつりこんでゆらゆらと。その向こうに確かな悲しみがあることを知っていて、それでもオレは決して揺るがないと目を細めた。誰よりもオレを知っていると豪語する男は、ほんの数秒の間を置いて、はたりと感情を零れさせる。はたり。ほたり。あふれだす。

「……それでも、オレは、巻ちゃんがすきだ」
「だから、それが間違いだって言ってんショ」
「オレの気持ちはオレが決める。誰にも否定される筋合いなどない」
「……だったらなんでオレに打ち明けた」

チッ、意識して強く舌打ちをする。東堂は見るからにびくりと体を震わせて、またその瞳から涙を生んだ。ほろほろと転げ落ちる。まるで止め方を知らない子どもみたいだ。本当にお前は泣き虫だな、そう笑ってやれる雰囲気だったらよかったのに。そう思って、その思考を振り払う。その世界を望まないと決めたのはオレだ。押しつけるな。被害者ぶるな。一番傷ついているのは、今目の前にいる、こいつなんだから。

「おまえの問題だって言うんなら、オレを巻き込むんじゃねェヨ。勝手に変な気持ちもって、勝手に好きだなんだってほざいて、拒否されたら逆ギレか。自分勝手にもほどがあるっショ」
「……巻ちゃんは、」
「なんだヨ」
「誰かに、好かれるのは、迷惑か」
「……おまえに好かれるのが迷惑なんだって」

遠回しに聞かれた問いに直球で答える。ふりそそぐ雨を可能な限り鬱陶しそうに見えるように手で拭って、目をそらしながら息を吐いた。

「くだらねェ感傷だヨ、東堂。たった一年と少しだ。こんな、走り方も笑い方も気持ち悪い出来損ないなんかにうつつ抜かしてねェで、ファンクラブとかいう『おまえを好きなやつら』の中から選べばいい。人生一度きりだっつうのに、無駄にしてる場合じゃないっショ」
「そんな、……そんなの、」
「聞き分けろ、尽八。お前の未来にオレはいらない」

もう一度合わせた視線は濡れそぼっていた。触れられていない方の手もかたく結ばれ、東堂は呆然とした顔で唇を震わせている。傷つけた。分かっている。それでいい。それでいいと、オレが決めた。だからお前は、オレを切り捨てていけばいい。

両手を持ち上げて、びしょびしょになった東堂の頬を包んだ。耐え切れなかったのかぎゅっと目を閉じたその瞼に、そっと指をはわせる。眉をたどって、こめかみをこする。ひどいよ。囁く声がオレを詰る。ゆっくりと降りてきた東堂の額が胸元に触れて、その場所がじんわりとあつくなった。カチューシャのない髪は指が通りやすい。東堂はまだ泣いていた。

「……この気持ちも、好きな人も否定されて、それでオレに何が残ると言うんだ、巻ちゃん」
「……おまえには山がある。自転車もある。それで十分ショ」
「山も、自転車も、楽しさも、安らぎも、巻ちゃんがいれば全て足る。おまえが傍にいてくれれば、隣で共に走ってくれれば、それでオレは満たされる。……それのなにがいけなかったんだ」
「全部だヨ。きっとな」
「……巻ちゃん」

おまえはひどい男だな。ようやくわらった東堂の顔はぐしゃぐしゃに濡れてひどい有様で、それを笑えないオレ自身も、きっとひどい顔をしていたんだろう。


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