オマエがいればそれでいいと、そう思ったのはなぜだろう。

他人を傍におくことは必然ではなかった。好かれるだの疎まれるだのそんな些末事に時間を割くのはどうしても無駄に思えて、それならばと孤立することに疑問は抱かなかった。さみしいと思ったことはあったのだと記憶している。けれどそのさみしさを埋めるために、愛想笑いや冗談に付き合うことにどうしても意味を見いだせなかった。ならばこの程度の孤独感など構うほどのことでもない。正しく有意味で相互にコミュニケーションがとれるピアノとバスケに打ちこんで、それでいいと満足していた。……オマエに、出会うまでは。



お前がいればそれでいいと、そう思えなかったのはどうしてだろう。

他人を傍におくことは必然だった。誰にでも好かれるように立ち回って、それなりになあなあでコミュニケーションをとっていくことになんの疑問も抱かなかった。なぜってそれが一番楽な生き方だからだ。諍いが起これば消耗する、嫌悪されれば気落ちする。そういうこと全部が無駄だと思った。だから本当に誰でもよかった、グループを作ってたむろする連中にまざって渡り歩いて、お調子者だなんてレッテルを貼られて、それが心地いい生き方だった。それでいいと満足していた。そう、お前に、出会うまでは。





オマエはとにかくうるさい人間だった。飽きもせず喋り倒し疑問をとばしオレの腕を引くようで、中学の頃に最も近くにいた赤司とは似ても似つかないタイプだ。雑音としか言いようのない言葉の雨。オマエと時間を共にしても意味がないのだよ。早々に言い放ってやったその言葉で、オマエは初めて傷ついたような顔をした。オレにはその意味が分からなかった。白い鍵盤に触れる。オレンジ色の熱を放る。思った通りの音が返るそれらとは違って、オマエはどこまでも先の読めないいきものだった。



お前はとにかく静かな人間だった。飽きもせず本を読んで時折外を見ては目を細め人間全てを拒絶するようで、オレが今まで出会ってきたどのタイプとも違っていた。お前に出会って、オレは初めてせいひつ、という言葉の意味を知った。騒がしさと熱のぶつかりあうようなバスケの中でも、お前はどこまでも静かだった。放たれた星が音をかき消し切り裂いて打ちあがり、たった一点を目指して突き刺さるそれは圧巻としか言いようがない。お前を取り巻く有意味の鎖。お前を構成する人事の数々。オレはお前の人事にはなれない。オレはお前にとって無意味でしかない。それがなぜだか、すごくかなしかった。





雨の中、追いかけてきたオマエの足音は戸惑っていた。ほんの少しだけ。そのことに苛立って拒絶した、しまったと思ったときにはもう遅い。声になって放たれた刃がオマエを傷つけると思った。それでも構わないと思ったはずなのに、今度はオレの方が戸惑いを感じてしまう。唇を噛んだオレに、オマエは小さくわらった。その頃にはもうオマエはオレをどれほどだろうか、知っていた。だから、そんな拒絶ひとつで、オマエが傷つくはずなどなかったのだ。そのことを知ったのは、もう少し後のことだったけれど。



雨の中、追いかけたお前の背中は迷っていた。感情を受け止めきれないのだろうと思ったオレは、何気ない態度で話しかけようとした。気にすんなよ、かな、それともまた頑張ろうぜ、か? どれを選んでもお前には届かないような気がして、お前の最奥までは踏み込めない気がして、その一瞬の迷いだけが伝わってしまった。オマエには関係ない、だって。笑っちまう。実際オレは、その言葉で気が抜けてしまった。あはは。馬鹿だなお前、関係ないって、ここまで一緒にいて関係ないって、そんなの、引き止めてほしいと同じ意味だよ。こいつもきっとさみしかったのだ。そんなことにオレは、今更になって気づいた。





思えばその頃から、オマエの傍は決して居心地の悪いものではなかった。鳥のさえずりのように繰り返される軽快な声、本の表面を視線で撫でながらもその声を聞いていることが増えていた。いつもいつもよくそんなくだらないことでずっと話せるものなのだよ。全く読み進められない本のページを捲りながら言えば、オマエはまた深く笑みを作った。オレの話聞いてくれてんの、だと。それこそ笑ってしまう。聞かせるつもりがないのならオレの前から消えてしまえばいい。そう言ったオレ自身、口角が上がっているのを自覚していた。窓から差す陽の光があたたかい。オマエから返る言葉は、決してオレを傷つけない。



思えばその頃から、お前の傍はひどく居心地がよかった。オレの中学バスケ全てを踏みにじったお前のシュート、八つ当たりもいいところって感じにお前を詰ったこともある。けれどそれもきっとお互いの中で何かの意味をもったのだと思う。オレはいつしか気づいていた。お前、本読んでるってポーズしながら、オレのくだらない話を聞いてるの。お前らしからぬ速度で捲られたり捲られなかったりするページを視界の隅に見ながら、なんだか嬉しくなってオレは昨日食べた夕食や朝した爪切りのことなんかまで話しだす。どんなことだっていいんだ、本当は。窓から差す陽の光があたたかい。聞かせるつもりがないとか言うなら、今度はお前が喋ってよ。





オマエがいればそれでいいと、そう思ったのはなぜだろう。

ピアノはいつも思った通りの音を返してくれた。バスケはオレの人事に応えてどこまでも遠くへボールを運んでくれた。本はこの貪欲な知識欲を甘く満たしてくれた。オレを取り囲む全てのもの、それは左手のテーピングであったりおは朝の占いであったりさまざまだが、その全てはオレにとって有意味なものだった。けれどオマエはどうだろう。傍にいればかしましい、オレをからかっては愉快そうに下品に笑う、よく分からない紙切れを並べては意味不明な呪文で話し出す。今までにこんな人間がいただろうか。学校での顔見知りなど、要職同士でもなければ名前すら知る必要もなかったはずだ。



お前がいればそれでいいと、そう思えなかったのはどうしてだろう。

友達なんていくらでも作れた。ちょっと話をして似たような趣味で会話をもたせればアドレスだってちょろいもんだ。顔見知りは増やしておくにこしたことはない。何かに使えるかもと考えたことは余りなかったけれど、友達は多くいた方がいい、というのが持論だった。だからそれ以上の意味なんて必要なかった。けれどお前はどうだろう。つつけば反応する、からかえば怒る、不器用にやさしくしようとする。今までにこんな人間がいただろうか。友達なんて、その場その場をしのげればそれで十分な存在だったはずだ。





時が経つにつれ、オマエは黙り込むことが多くなってきた。何かを考えている風でもなく、屋上の中階段の外壁を背もたれに本を読むオレを枕にして目を閉じる。風を感じている、とでも言いたげな表情だった。時折オマエは、本を読んでとねだることがあった。よく理解できないままに、読んでいたページの始まりから終わりまでを音読する。



時が経つにつれ、お前は少しずつ話をしてくれるようになってきた。何かを考えながら話すお前の声や仕草はいちいちオレの心臓を刺激して、このままじゃいつか止まってしまうと心配したほどだ。屋上に出てすぐの壁を背もたれに、オレとお前は弁当を食べる。食べ終わって、お前は本を読みだす。オレはお前の肩に頭を乗せて、今開いてるとこ読んでよ、とおねだりをする。お前が口を開く。お前の声が風に溶ける。





共にゆこうか、という言葉でそのページは終わっていた。オレは初めから物語をなぞっているから意味を分かっていたが、オマエにはその言葉はどんな風に聞こえただろう。



共にゆこうか、と言ってお前は口を閉じた。目頭が熱くなってオレはぎゅっと目に力をこめた。ぱら、本のページがめくられる。お前はどんな風にその言葉をなぞったのだろう。





オマエがいればそれでいいと、そう思ったのはなぜだろう。
まるで空気のように存在していたオマエ。
どこか歪に欠けながらも、オレはきっと満たされていた。



お前がいればそれでいいと、そう思えなかったのはどうしてだろう。
光のようにオレの影をうつすように、お前の存在はまぶしかった。
ようやく触れた。報われたんだ、オレはきっと。






「高尾。オマエが傍にいるのなら、オレはそれで十分なのだよ。オマエがオレをどう思おうと、オマエ自身をどう思おうと、それでもオレはオマエが好きなのだから」



「真ちゃん。オレは、お前の全部がほしいよ。好きになってほしい、笑ってほしい、幸せになってほしい、できるなら、オレの傍で。そのくらいお前を愛してる」







君に伝うリア
(この想いごと抱きしめて)




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