さあここまで落ちておいで


誰もいないロッカールームに、鉄を殴りつけたような音が響く。それもそのはずで、ロッカーを背に叩きつけられた森山は、物理的な痛みと耳に突き刺さった音に思わず息をのんだ。睨むほどに力のない目をそれでも目の前の相手に向ければ、鋭い視線が森山の瞳すら焼切りそうに光る。

「なん、っの、マネだよ、青峰……!」

捕まれた手首が悲鳴をあげる。チームのシュートを担う者として、森山はその手をほどこうと必死だった。拮抗する力が更に痛みを生んで、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな森山の目から限界を示す涙がこぼれる。

「なんのマネって、分かんだろ?」
「知らない! 急にこんなっ……、離せよ!」
「アンタが逃げるからいけねぇんだよ!」

ガンッッ! 今度こそはっきりとロッカーを殴りつけた青峰に、森山の肩が反射的に跳ねる。殴るために離された腕を引き寄せることもままならない。
逃げるからと言われても、森山にとって青峰は、チームメイトである黄瀬の元同級生で、キセキの世代のエースであるという、情報でしか把握しえない人間だ。つまりは、近づいた覚えも逃げた覚えもなかった。そんな風に認識したことがない人間に突然捕まえられて部屋に連れ込まれて、その上鍵をかけて掴み掛られるなんて冗談じゃない。

「オレはっ、……お前のことなんて知らない。黄瀬からお前の話は聞いてるけど、それ以上のことなんて何も知らないんだ!」
「だからなんだよ、」
「は、?」
「アンタがオレのことを知らないから、だから何だって聞いてんだよ」

オレはアンタのことを知ってんだ。森山の滲んだ視界の中で、青峰の目が一瞬揺らいだ。

青峰にとって森山は、今の黄瀬の先輩という認識だった。黄瀬と同じチームにいて、黄瀬と同じように主将を困らせて、黄瀬と同じように少し顔がきれいかな、というくらいの。それがいつしか、黄瀬とは違って自信無さげになるところや、黄瀬とは違って才能らしい才能がないところや、黄瀬とは違って揺らぎやすいところ、あげ始めてみれば当然というくらい、あの人は黄瀬とは違うんだ、と思うところが見つけられた。自分のチームの今吉や若松や諏佐を見て、もう一度森山に視線を戻したとき、森山が不意に無邪気に笑った。そのときから青峰は、どことなく森山を気にするようになっていたのだ。

「黄瀬のついでにアンタに会おうとしても、アンタはすぐどっかに行っちまう。捕まえようと思っても、アンタは絶対に立ち止まらない」
「……そんなの、」
「追うのは慣れてねぇし、向いてねぇんだよ。さっさとこっち向けよ、森山サン」

逸らした視線に森山が瞬いた、その隙を狙って唇に噛みついた。文字通り歯をたて、痛みにあげた声までをも飲み込むようなキスをする。さりげなく押さえつけた手は抵抗こそするものの、拒む力は弱かった。どこか隠せない苛立ちのまま、青峰は森山の舌にも歯をたてる。



思い出す。思い浮かべる。熱い視線。幼く苛立つ唇。握られる拳。声に出されなかったいくつもの言葉をしみこませた舌は、思うよりも拙く触れてくる。

――…荒々しいキスに翻弄されるふりをしながら、森山は喉の奥で小さく笑った。



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