好きっていって抱きしめて


実渕は猫が好きだった。しなやかな体、鋭い目つき、気まぐれなその心を開いては閉じて、一向に近づけた気がしない。そんな性格にどこか神秘的な美しさを感じ、実渕は猫という生物をとても好いていた。今自分たちの頂点に立つ赤司や、試合で掘り出し物かもしれないと目をつけた高尾などが、実渕にとってはストライクゾーンばっちりな人材と言える。――けれど。

「みぶちさん!!」

物思いにふけりながら曲がり角を行き過ぎようとしたとき、実渕の背中に誰かが思い切り体当たりをした。実渕は危なげなく立ち止まって、あら、と振り向く。その人影が誰かを認識した瞬間、花が綻ぶような笑顔になった。

「あら、早川ちゃんじゃない!」
「偶然ですね!!」
「そうね、ほんとに」

抱きついたままにこにことしている早川の様子は、見るものが見ればどこからどう見ても忠犬のそれだった。実渕は絡んだままの早川の手をほどき、向かい合うようにして早川の両手を自分のそれとつなぐ。

「早川ちゃん、わんって言ってみて」
「わん?」
「そう」
「わん!!」
「……っ、も〜〜〜かわいいわ!! 早川ちゃん!!」

実渕に促されるままわん、と鳴いた早川を、今度は実渕が思い切り抱きしめた。ぎゅうぎゅうと力の限り抱きしめても、早川は「みぶちさん苦しいすよー!」と言いつつもきゃらきゃらと楽しそうに笑うばかりだ。その声や表情に、実渕の胸はきゅんきゅんとしめつけられる。

「今ねえ、私、早川ちゃんのこと考えてたのよ。そうしたら会えちゃったの。これってどう思う?」
「こ(れ)?」
「私は運命だと思っちゃうんだけど。早川ちゃんは私に運命感じる?」
「んーと……」

抱きしめる実渕の腕の中で、問いかけられた運命の意味を早川が一所懸命に考える。素直で、真っ直ぐで、開いた心はそれからずっと開かれている。いつも。きっと、これほどの愛は、実渕だけに。まるで犬の忠誠心ねと思いながら、実渕は愛しさがあふれて仕方ない胸の内を感じていた。ありきたりな表現ばかり浮かぶこの心で、早川の額にひとつ、ちゅっとキスを落とす。ひとつひとつに早川が笑う、それがこんなにも嬉しい。

「みぶちさん、みぶちさん、オレね、」
「何かしら?」
「みぶちさんは、運命だけど、そ(れ)もあ(る)けど、もっともっと強い感じの、あかいいとみたいな、そーいうのでつながって(る)んだとおもいます!!」

自分よりもほんの少し小さくて、同い年なのに年下みたいに懐いてきて、かわいくてかわいくて仕方ない、その笑顔は実渕にとってはまるで、自分を愛で貫く凶器のような笑顔だった。少し夢見がちな実渕は赤い糸や運命に憧れを持っていて、そんなことなんて知らないはずの早川に、実渕はあっさり陥落する。

「早川ちゃん」
「んう?」
「私、絶対、早川ちゃんのこと幸せにするから」

両肩に手を置いて真顔で告げる、実渕の目をまっすぐに見て。

「オ(レ)も、みぶちさんのこと、絶対しあわせにす(る)!!」

ああ私、今ならいっそ死んじゃえる、早川の満面の笑顔に撃ち抜かれた実渕は、最高の幸せの中でその場に崩れ落ちた。抱えたままの早川も一緒に倒れ伏す。遺言のように残された「早川ちゃんあいしてる」の言葉に、早川がまた笑ったことは実渕のみが知ることである。



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