ひどいよくろこっち。そんな言葉が、口をついて出た。



別段何をしているというわけでもなく、ふたりでいつもみたいにマジバでまったり過ごしていた。黒子っちは本を読んで、オレはそんな黒子っちをのんびりと眺める。しあわせ。この時ばかりはいくら見てても怒られないし、黒子っちを見失う理由もない。毎日のなかで、一番しあわせな時間だった。


「黒子っち、」

「……はい」

「それ面白い?」

「はい」


ふんわりと、黒子っちが嬉しそうにわらう。オレに向けられてるわけでもないのにオレまで嬉しくなる、その顔がオレはすごくすきだ。だからオレは、この時間内で許されたみっつの質問のうち、ひとつは必ずこれを聞くことにしている。今日も見られた。今日も双子座は一位だったのかもしれない。


「く、」


ろこっち、と続けようとして、オレはいっかい口を閉じた。回数制限されている黒子っちとのキャッチボールを、ほいほい使ってしまうのがさみしかったからだ。もうちょっと考えよう。もったいない。


「はい」

「………あ」


そう思った矢先、黒子っちがページをめくりながらそういった。質問がひとつ、始まりを見せてしまう。ふたつめに踏み込んだ足がもつれないうちに、えっとと少し時間をかせぎながら、オレは慌てて口を開いた。


「く、黒子っちは、夏休みにどっか行ったりするんスか?」

「夏休み?ですか?」

「う、ん」


この時間には珍しく、黒子っちがひょいと顔をあげる。不意に見合った視線に心臓がはねたのをごまかして、声が裏返らないように頷いた。


「そうですね。これといって、予定はないです」

「あ、」

「家にいても退屈でしょうけど、やりたいこともありませんから」


そしてまた、伏せられた空色が文字を追い始める。シャットアウトされた世界のなかで、ぱらりぱらりとめくられる紙の音だけが鮮明だった。



ほろり。

どうしようもない想いがこぼれおちた。



黒子っちの世界にオレは必要ないんだ、そう思ってしまったら、いたむ胸と頭とそれからもっと奥から、あふれでる涙がとまらなくなった。声を出したら気づかれる、そうしたらきっと、黒子っちはまた困った顔をするんだろうなと思った。だからちょっとずつちょっとずつ息をはいて、声を出さないようにして姿勢を元にもどした。袖で拭ったりもしなければ黒子っちの妨げになるようなこともないし、――…まあ元から、黒子っちはオレを見てもいないんだろうけど。(だからこれは念のためだ)

それでもちょっと傷ついて、歪む視界の向こうで淡々と本を読む姿にほんのちょっぴり毒づいた。ひどいよくろこっち。たったそれだけのことなのに、オレは勝手に傷ついて勝手に黒子っちを悪者にした自分が許せなかった。おかしいと思われたっていい、オレにとって黒子っちは、正そのものであらねばならなかった。正当そのもので、あらねばならなかったのだ。それはオレの持論であり、絶対の真理。


だからその時、黒子っちがオレを見て少しだけ目をみはったのにすごく驚いた。読書をしているときは邪魔をするなといわれていたし、実際質問をするとき以外は、黒子っちは本とだけコミュニケーションを図っていた。オレは風景だった。それでも構わなかった。だって、黒子っちの一番そばにいられるんだから。


「黄瀬、くん」


そっと伸ばされた手が、オレの頭をぽんと叩いた。オレは教えられた通りにはい、と返事をする。黒子っちはなんていうか、分かりにくいくらいの変化で、困った気持ちとオレにはよくわからない気持ちを表現した。


「…ねえ、黄瀬くん」

「は、い」

「今日のみっつめは、ボクから質問です」


ぽんぽん、また何度かオレの頭を叩いて、黒子っちはシェイクをひとくち口に運ぶ。


「黄瀬くんは、夏休み。ボクとどこかに行きたいですか?」


触れた手のひらに胸がぎゅうっとしていたオレは、その言葉にもっと苦しくなって、思わずぶんぶんと首を縦にふってしまった。それからまた慌ててはい!と返すと、黒子っちが今度はちゃんとにこりとわらうのが見えた。離れていったぬくもりは名残惜しかったけれど、その未来への約束に、オレは叫びたくなるほどにしあわせだった。


過去にも今にもいなくていいと思った。でも唯一、黒子っちの未来にオレがいなかったということ、それがオレにはとてもとてもさみしかったんだって。


そのことにオレが気づいたのは、もう少し後になってからのことだった。




そのをおしえて
(やっぱり双子座は一位だったんスね!)
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