ガッ、って音がした。


振り向きざまだった。いわれた言葉にカッとなって、でもオレが、黒子っちを見逃すなんて、そんなことはあり得なかった。――…あり得なかった、んだ。そんなことは絶対に。


(く、ろこ、っち)


ぱたりと倒れてしまった黒子っち。そのままベンチに運ばれていって、さっきまでオレを阻んでいたちいさな壁は動かなくなった。頭に白い包帯を巻かれて、代わりに名前も知らない二年がコートに出てくる。


(オレが、オレが黒子っちに、)


試合が再開した。でもオレの頭のなかにはさっきの瞬間ばかりがリフレインしてて、茶色のボールを追っかけてる余裕なんかなかった。黒子っちの先輩とか、あの火神とかいうムカつくやつのことすら目に入らなかった。だって、今ベンチでは、黒子っちが。


「黄瀬ぇ!!ぼけっとすんな!!」

「っ、あ、はいっス!」


怒鳴りつけてくる笠松センパイ、普段ならぺこぺこするはずのその声も、震えて叩かれる歯の音でかすんでしまって聞こえが悪い。黒子っち。また呟いた。胸が頭が、心がずきずきと痛む。


――…瞬間。

ぞくりと肌が粟立って、オレの意識が一気にコートに引き戻された。息をのみ、向けられる視線の在処を探す。オレが見たのは右でも左でもなく、て。


(――…涼太くん)


聞こえるはずのない声。気付くはずのない気配。背中を伝い這い上がる、ぬるま湯みたいな寒気に吐き気がした。

振り返った先で、にこりと笑う黒子っちの。


「じゃあ、行ってきます」


光りの宿らない空色に、意識がうっすらと遠のくのを感じた。




オネット。
(キミはボクのもの、ボクはボクだけのもの)
(そんなことも忘れてしまった悪い子には、)

(ボクが、ちゃんと教えてあげますから)
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